バングラデシュの首都ダッカ市内を走ると、道路沿いのいたるところに赤茶色のれんがが積まれているのが目に入る。郊外へ進むと、あちらこちらに年季の入ったずんぐりとした煙突が現れ、黒い煙を吐いている。その大半が旧式のれんが窯で、焼く際に発生するPM2.5などの汚染物質が、そのまま大気中に排出されている。現地の実情や新たな対策を取材した。

汚染物質排出する旧式れんが工場

旧式のれんが工場で働くパンヌさん=2024年5月3日、ダッカ郊外、荒ちひろ撮影

煙突からモクモクと黒い煙を吐き出していたれんが工場の一つを訪ねた。背丈の倍ほどまで高く積まれ、迷路のようなれんがの山を抜けると、煙突の根元で、男性たちが窯の中に石炭を放り込んでいた。焼き終わり、温度が下がった一角では、赤茶色の粉じんが舞う中、別の男性が手で一つずつ、焼き上がったれんがを取り出していた。

ここでは、約200人の作業員が、一日5万個のれんがを焼いているという。長年、れんが工場で働くパンヌさん(35)は、「ほこりがすごいので作業員にマスクを渡すこともあるが、暑さのため、着用する人はほとんどいない」と話した。

大気汚染源の58%を、れんが産業が占めるとの研究も

一方、周辺の住民に尋ねると、れんが工場が稼働する乾期に「ビニールを燃やしたような嫌な臭いがすることがある。香水を付けて対策している」。大量のれんがを積んだトラックが舗装されていない道路を行き来するため、土ぼこりもひどいという。小さな子どもを抱えた女性たちは、「乾期は子どもに肌の異常や咳が出る」と言い、近くで農作業をしていた男性は「でも、工場との因果関係を知らない人が多い」と付け加えた。

バングラデシュでは、家やビルの主要な建設資材として焼いたれんがが使われる。国内で砂利がほとんど採れないため、道路の舗装にも、砕いたれんがが多用される。人口増加、特に都市部の過密化に伴う建設ラッシュで、れんがの需要も増加。政府によると現在、全国のれんが工場の数は7千~8千カ所にのぼる。ダッカの大気汚染源の58%を、れんが産業が占めるとの研究もある。

ダッカ大で大気汚染を研究するムハンマド・ヌールル・フダ上級研究員=2024年5月2日、ダッカ市内、荒ちひろ撮影

大気汚染を研究するダッカ大の大気質・環境汚染研究室のムハンマド・ヌールル・フダ上級研究員(44)は、こうした旧式のれんが工場について「煙突から汚染物質がそのまま排出されている。フィルター設置の徹底など、対策が必要だ」と指摘する。

政府は対策として2019年、れんが工場の立地条件や認可の厳格化を発表。2025年までに道路を除く公共事業で、従来の製法のれんがの使用を禁止するとしている。

環境配慮型のれんが工場も

環境に配慮した工場も生まれている。アジア開発銀行の支援を受け、2013年に創業した「Stone Bricks」は、れんがを焼く炉内の空気を吸い上げ、フィルターで浄化。きれいになった熱風は焼く前のれんがの乾燥に再利用しているという。

広報担当のムハンマド・アシュファクザマン・ソニーさん(41)の案内で、工場を見学した。

屋根付きの広大な工場の中で、原料の土や砂がベルトコンベヤーで運ばれ、細かく砕かれ、ふるいにかけられていた。水と混ぜて粘土状にした上で、ところてんのように型から押し出す。細長い長方形の塊が湯気を立てながらコンベヤーの上を流れてきた。ピアノ線で均等にカットされ、れんがの形にできあがる。

環境に配慮した「Stone Bricks」の工場で働く人々=2024年5月7日、バングラデシュ、荒ちひろ撮影

これらの作業はすべて全自動の機械が担う。マスクを着けた女性たちが、ベルトコンベヤーの上の生れんがを一つずつ取り上げ、カートの上に積み重ねていく。焼く前に60時間乾燥させた上で、窯に入れて焼き上げる。

火が入っている窯の上に上がり、小さな穴から中をのぞくと、オレンジ色の炎の中、真っ赤なれんがが見えた。窯の中の空気の量をコンピューター制御で管理し、温度を調整する。焼き始めから徐々に温度を上げ、最高で1千度にもなる。

穴から煙は出てこなかった。窯の中の空気は巨大なパイプへ回収され、フィルターを通して汚染物質を除去、二酸化炭素(CO₂)も回収する。

若干割高だが、均一で高品質

一日30万個のれんがを製造している。屋内の工場のため、雨期も含め通年で操業できる。標準的な9.5×4.5×2.75インチ(約24×11.5×7センチ)のれんがで同社製は1個あたり14.5タカ(約19円)。旧式の窯の製品は11タカほどのため、若干割高だが、機械で成型するため形がそろい、品質も均一で高いといい、不動産会社や工場など民間企業を中心に、年間5千万~6千万個を売り上げる。

ソニーさんは「れんが産業に関連する法律で、煙の排出は禁止されているが、実際はほとんどの工場で守られていない。国は2025年までに違法な工場を排除しようとしている。自然を守ることは大事で、ほかの旧式のれんが工場も、自然を破壊しない私たちのような工場に変えていってほしい」と話した。

日本企業が「焼かないれんが」を開発

れんがを焼く煙が問題視される中、「焼かない技術」にも期待が集まる。日本の床施工会社「エイケン」(本社・東京都世田谷区)は、現地の土と海砂、セメントに、同社が開発した塩害にも対応できる無機質固化材を混ぜ、圧縮・乾燥させることで焼いたれんが並みの強度になる「焼かないれんが」を開発した。

エイケンの蜂谷英明・代表取締役(76)によると、きっかけは2015年。知り合いのネパール人からの依頼だった。バングラデシュと同じ南アジアに位置するネパールでも、れんが窯からの煙による大気汚染は深刻だ。現地の病院には、肺炎に苦しむ子どもたちが大勢いた。

長年、工場や物流拠点などの床施工を手がけてきたエイケンは、土のぬかるみを軽減する目的で開発した独自の土の固化技術を持っていた。焼きれんがに対し、コンクリートを固める従来のブロックは、水を吸うため耐久性が低い上、セメントが主原料となるため費用がかさむ。自社の固化技術を応用して、耐水性が高く、強度もあって、費用もおさえられる「焼かないれんが」をつくれないか。開発に乗り出し、現地の土や海砂に合わせ、休日も自宅で実験を繰り返した。

「焼かないれんが」を開発したエイケンの蜂谷英明・代表取締役(右)と、提携する現地工場のムハンマド・ゴラム・キブリア工場長=2024年5月8日、バングラデシュ、荒ちひろ撮影

ネパールで2017年、現地企業とともに工場を建設。開発途上国などの現地パートナーと共同で社会問題を解決する日本の中小企業向けの補助金事業も活用し、現地の土と海砂、少量のセメントと一緒に混ぜ、振動と圧力を加え、乾燥させることで、焼かなくても十分な強度を生み出す無機質固化材「ECO5000(エコ5000)」を完成させた。従来のれんが製法から焼く工程をなくすことで、大気汚染物質やCO₂の排出削減に貢献できる。必要な設備投資は、れんがの圧縮機械など最小限にとどめ、同じ工場の敷地内で、雇用を維持しながら環境にやさしいれんがづくりへと転換できるよう、期待を込める。

同じころ、同様にれんが産業による大気汚染が大きな課題となっていたバングラデシュでの事業も模索。ネパールの工場はコロナ禍でいったんの休止を余儀なくされたが、バングラデシュでは提携する企業と工場が決まり、今年、本格的な製造が始まった。

「大気汚染によって、子どもから大人まで多くの人が健康被害を受けている。少しでも解決の役に立てたらうれしい」と蜂谷さんは話す。

公共事業にも採用 大気汚染改善に期待

「ガーッ」「ガガガーッ」

5月上旬、ダッカから車で南東に約2時間。「焼かないれんが」の製造が進む工場を訪ねると、れんがを押し固める機械の振動音が、繰り返し響いていた。河川のヘドロなど、地元の土と海砂に、セメントとECO5000を混ぜて型に入れ、振動と圧縮によって成形、乾燥させる。

「これは道路の一部に使われるれんがで、既に注文を受けて10万個以上を製造しました」。現地代理店JBITL社の社長ムハンマド・マハブル・ワヒドさん(55)が、整然と積み重ねられた灰色の焼かないれんがの山を指して言った。道路や河川など公共工事への利用が予定されているという。ECO5000の比率が高いほどコストはかかるが、強度も上がる。製品によって必要な強度とのバランスを見ながら、配合の改良を重ねている。

工場長のムハンマド・ゴラム・キブリアさん(44)は、「ECO5000を使ったれんがは強度が高く、耐用年数が長い。日本の技術への信頼は厚い」と話す。「ダッカ周辺のれんが工場の煙が大気汚染の大きな原因になっているが、従来の焼くれんがから、焼かないれんがに少しずつ代わっていけば改善される」と熱く語った。