沖縄県の公立病院で主に感染症診療に従事する内科医の高山義浩さんは、認定NPO法人ロシナンテスの理事として、世界の国・地域で保健医療協力にも取り組んでいます。今回は、スラムでの水衛生改善をどのように進めたらいいのか、住民との関係において何が大切なのか、活動地の一つであるザンビアのスラムでの経験や他地域の事例を通して考えます。

スラム衛生改善のジレンマ

カリキリキ地区の様子=2023年1月、ザンビア・ルサカ

ザンビア共和国(アフリカ南部の内陸国)の首都ルサカで、私が宿泊するアパートの裏手には、カリキリキと呼ばれるスラムがあります。仕事のない週末には、ふらふらと路地から路地へと散策し、そこで暮らす人たちの明るさとたくましさに癒やされています。

この地区は、ザンビアがイギリス統治から独立した1964年以降、肉体労働者たちのスラムとして広がってきました。現在、全周3キロほどの小さなエリアに推定2万~3万人がひしめき合って暮らしています。カリキリキとは、地元の言葉で「急げ!」という意味で、かつて白人経営者が頻用した言葉が皮肉をこめて地名として定着したとのことです。

世界のスラムに共通した課題ですが、ここには上水道も下水道もなく、ごみ処理システムもないため、あらゆる面において衛生環境は劣悪です。ただ、1999年に合法的な集落として認められたため、違法占拠と見なされて立ち退かされるリスクはなくなりました。正式な住宅地と認められたことで、井戸が建設されるなど少しずつ環境が改善されています。

ただ、カリキリキの衛生プロジェクトは行政主導で進められ、ほとんど住民に相談することなく進行しました。そのうえ、行政が建設した衛生設備の維持管理を一方的に住民に求めたことで、住民から強い反発が起きてしまいました。行政側は「住民が居住地の衛生改善に無頓着だ」といらだち、住民側は「行政が自分たちに相談もせずに負担を強いる」と不満を抱くようになったそうです。

こうした状況は、私たち医療NGOにも教訓となります。いくら良かれと思っても、当事者が気づいていない問題に対して自主的な努力を求めても、空回りするばかりだからです。特にスラムの住民たちの多くが、故郷とは出身の村であって、ここではないと考えています。このため、スラムの改善に資産や労力を注ぐよりは、少しでも実家へ仕送りをしたいと考えるのです。

水衛生改善の成功事例

世界を見渡すと、スラムの水衛生改善に成功した事例もあります。

たとえば、ケニア・ナイロビのキベラスラムでは、住民参加型の水衛生プロジェクト「SHOFCO(Shining Hope for Communities)」が進行中です。このプロジェクトでは、住民が共同で水供給システムを設計し、維持管理にまで参加しています。単にお金を出し合うだけでなく、住民自らが水供給の管理者となり、水源の保護やシステム保全のトレーニングを受けることで、システムを継続的に支える態勢が整いました。

また、ブラジル・リオデジャネイロのファベーラ(スラム街)でも、住民主導型の水管理プロジェクト「Agua Carioca」が成功を収めています。ここでも住民が水道システムの設計と建設に関与し、地域に適した水供給ネットワークを構築しました。さらに、住民が水の使用料を支払い、それをシステムの維持に充てる仕組みが導入されたため、住民自身による持続可能な運営が実現しました。

これらの事例に共通するのは、住民の教育と理解に基づく主体的な参加です。住民がプロジェクトの設計段階から知恵を出し合い、持続可能な運営方法を考えることで、成功を収めています。また、コミュニティー内のリーダーシップや協力態勢が、プロジェクトの長期的な成果に大きく寄与している点も重要です。

水供給システムの必要性

カリキリキの中心部には池が点在しています。れんが製造に使われるラテライト(アフリカ特有の赤土)の掘削跡にできた人工の池で、その他にも水たまりは多数あり、蚊が大量に発生して、マラリア流行の要因となっています。

こうしたスラムの劣悪な水衛生は、明らかに住民の健康に深刻な影響を与えています。昨年、私がルサカに滞在している間にも、この地域でコレラが流行していました。また、腸チフスやアメーバ赤痢といった水媒介性疾患が頻繁に発生し、とくに大雨が降った後には多くの住民が感染して苦しんでいます。

水衛生の確立が、こうした健康問題を改善することをしっかり伝えていくことが必要です。前節で紹介した、ナイロビのキベラスラムでは、SHOFCOの給水システムが整備された結果、5歳未満の子どもにおける下痢性疾患が31%減少したと報告されています。

子どもたちが病気にかからなければ、親は仕事を休む必要がなくなり、それだけ家計が守られることもあります。しばしばスラムでは、水商人たちが水不足につけ込んで価格をつり上げようとします。公的な水供給システムができれば、低価格で水が手に入るようになります。スラムの水衛生を確立することは、家計の助けにもなるはずです。

また、主に女性と子どもたちは水を得るために何時間も列に並ばなければなりません。しかし、常設の水供給システムができれば、その分、子どもたちが学校に通えるようになります。

このように水供給システムの構築が、住民の生活を直接助けるものであることを具体的に伝えていかなければなりません。こうしたことは、行政からのオフィシャルなメッセージだけでなく、教会や学校、マスメディア、SNSなど様々なチャンネルで語られることが必要です。日本における健康情報も同様ですね。

カリキリキ地区に点在する人工の池=2023年1月、ザンビア・ルサカ

カリキリ地区には、水たまりがあちらこちらにあり、多くの蚊を発生させている=2023年1月、ザンビア・ルサカ

関心と対話を絶やさないこと

カリキリキを散歩していると、どの路地に入っても、住民の皆さんは陽気に話しかけてくれて、いろいろと教えてくれます。「こないだ会ったよね」とお茶に誘われることもあります。街角の子どもたちは、「僕の宙返りを見て!」と散歩する私の足を止めます。

私は、笑顔を返しながら歩いています。医療NGOのスタッフとしての視点もありますが、それよりも大切なことは、社会そのものへの関心をもち、機会があれば対話を楽しむことだと思っています。そして、暮らしやすい街へと発展することを願い、助け合う機会を見逃さないことが重要です。

カリキリキの明るい子どもたち=2023年1月、ザンビア・ルサカ、筆者撮影