蚊に刺されないようにする。簡単に見えるマラリアの予防策が、国により、地域により、決して簡単ではないという現実がある。沖縄県の公立病院で主に感染症診療に従事する内科医で、認定NPO法人ロシナンテスの理事として、世界の国・地域で保健医療協力に取り組む高山義浩さんが今回はザンビアから報告する。

予防策の基本とは?

ザンビアは、マラリアの発生率と死亡率が世界で最も高い20カ国の一つであり、世界のマラリア患者数の約2%を占めています。年間の感染者数は数百万人に及び、2020年の年間死亡報告数は1972人でしたが、実際には数倍に及ぶとされます。とくに、妊婦と幼児において主要な死因となっています。

ここでは年間を通じてマラリアが流行していますが、とくに雨期の後半となると、水たまりが増え、気温も上昇してくるため、診療所を受診する感染者が増えてきます。私もザンビアで活動中、雨期の後半に蚊が増えてきたため(大雨で床上浸水したのも理由ですが)、1階だった住居を比較的安全な高台へと変えました。

滞在していたルサカ市内のアパート前の路地。大雨が降ると容易に冠水した。排水路などインフラ整備もマラリア予防には重要=2023年2月9日、筆者撮影

マラリア予防の基本は、ベクターコントロール(媒介動物の制御)です。2015年にザンビアで実施された調査では、薬剤処理された蚊帳(ITN)と屋内残留散布(IRS)が実施されると、それぞれ有病率のオッズ比は0.90 と0.66 になりました。

ここでのオッズ比とは、予防や治療の有効性を比較するときに使うものです。オッズ比が1より小さければ小さいほど、より効果が認められると考えます。一方、1に近ければ効果は認められず、1より大きい場合には、むしろ逆効果ということが推定されます。

つまり、マラリアの予防において、ITNもIRSもどちらも有効と考えれます。ただ、ITNの効果の方がやや低くなっているのは、蚊の吸血行動の変化(夜間屋内→夕方屋外)が影響しており、蚊帳で寝るようにしていても、夕方に屋外で刺されているのかもしれません。

ただし、それでも蚊帳はベクターコントロールの基本中の基本です。2018年のザンビアでの調査では、少なくとも1張りのITNを所有していたのは79%の世帯であり、世帯全員がITNの中で寝ていたのは45%に過ぎなかったとのこと。ITNによるマラリア予防が生活習慣として定着していないことが分かります。

診療所を受診したマラリアに罹患した少年=2023年2月8日、ザンビアのセントラル州ムアプラ村診療所で、上山敦司さん撮影(画像の一部にモザイクをかけています)

この写真の少年もマラリアに罹患(りかん)していました。早期に診断できましたし、この年齢であれば、数日の治療で回復していくだろうと思います。ただ、印象的だったのは、連れてきた母親に「この子は蚊帳の下で寝ていますか?」と確認したとき、「いいえ」と答えて、「くれるんですか?」と言葉を継いだことでした。

蚊帳不足の理由は貧困以外にも

以前(といっても20年以上前)、フィールド調査をしていたカンボジアの村で、乳幼児の死亡が急に増えたことがありました。背景を調べてみると、マラリアに罹患する幼児が増えていたのです。子どもの数が増えているにもかかわらず、村人たちは蚊帳を買わなくなっていました。貧困の問題はありましたが、多くの世帯で買えない価格ではありません。

さらに追いかけてみると、この地域の人々が蚊帳を買わなくなったのは、ある日本のNGOが蚊帳を配布したことがきっかけになっている可能性がありました。このNGOは、他の国際機関から4千帳りのITNを譲渡されて、一部地域に集中して配布したとのこと。これらの蚊帳は数カ月で配り終えましたが、周辺の村々では、いずれ我が村にも来るのではないか? もらえるのではないかと待ち続けたのです。

当時、内戦がようやく終結したカンボジアでは、未曽有のベビーブームでした。やがて、蚊帳の不足が深刻になってきます。こんなとき、まず、蚊帳の外で寝るのは、生き延びる確率の低い幼児です。このあたりは、シビアな現実。両親が病気になることは、社会保障制度のなかったカンボジアでは一家の破滅を意味します。だから、父と母がまず蚊帳の中で寝る。次に、仕事を手伝う長男、長女。手のかからない次男、次女。以下、生き延びてきた順に、生き延びる権利を手にします。

蚊帳不足は、幼児を文字通り「蚊帳の外」にして、マラリアの危険にさらしていました。当時、私が調査していた村は人口700人ぐらいでしたが、この年だけで3人の幼児がマラリアで死亡しました。診断もされず、把握されなかった死は、もっと多かったと思います。燃料用に木が伐採され、水たまりが増えたといった他の要因も考えられましたが、村人たちが、もらえるあてのない蚊帳を待ち続けて、買い控えていたことは事実でした。

実情を知り効果のある支援を

話を現在のザンビアに戻します。蚊帳を配るなら配るで、継続して、かつ広範に配らないといけません。単発的に支援しても効果は得られないばかりか、直接あるいは間接的に逆効果となりかねません。

配り続ける予算がないなら、せめて教育により蚊帳を購入する生活習慣を促していくことが必要です。また、経済的な壁があるのなら、より低コストで入手できるよう、何らかの支援を組み合わせる必要はあるでしょう。自己管理もまた、持続可能な健康を手に入れるための基本です。