穏やかな気候で知られるスペイン・バレンシア州。そんな日の光があふれる地域を豪雨と洪水が襲ったのは、202410月末でした。地球温暖化など気候変動の影響が指摘されています。未曽有の災害に、政府の対応が不十分な中、ボランティアが活躍し、地元住民の窮状を救いました。その一方で、政府とボランティアの連携のあり方など、課題も見えてきたといいます。被災から3カ月余り後の現地に取材で入りました。

日の光があふれる地域を襲った豪雨、洪水 地球温暖化の影響か

スペイン・バレンシア州は地中海に面した日の光があふれる地域だ。オレンジをはじめとするかんきつ類や野菜の産地であり、同じく特産のお米を使ったパエリアは世界的に有名な料理だ。

そんなバレンシア州で、昨年10月末に豪雨による洪水が起きた。背景には地球温暖化があると見られている。政府の対応が十分でないなかで、泥掃除や片付けなど2万4千人以上にのぼったボランティアが活躍し、地元住民の窮状を救った。ボランティアなくしては復興がありえなかった一方で、政府とボランティアの連携のあり方など、課題も見えてきた。

州都バレンシア市に隣接するパイポルタ市。花店「フローレス・ピリ」は創業から50年近い地元に愛される店だ。店主のピラール・タラソナさん(62)が、昨年10月29日の洪水を振り返る。カトリック教徒が墓参をする、かき入れ時の万聖節の目前だった。その日は一日中曇りで風が強く吹き、客がそれほど来なかったこともあり、店を早めに閉める準備をしていた。

再開したフローレス・ピリと店主のタラソナさん=2025年2月、スペイン・パイポルタ、筆者撮影

店が面するのはポヨ渓谷。「渓谷」といっても、パイポルタ周辺では幅が70メートルほどの川のような感じで、ふだんはほとんど水が流れていない。

タラソナさんがふと気づくと、店の前に止めてあった車が動いている。驚いてよく見ると、道路に水があふれており、それで車が流されていたのだ。

よく見ようと思って店の入り口に近づくと、閉めていたドアががたんと外れて、ものすごい勢いで水が流れ込んできた。「ちょうどそこにふたをするような感じで流されてきた車がはまり、しばらくは水をくいとめてくれました」

店内に流れ込む水 天窓を突き破って逃げ出した

慌てて店の奥に逃げ込み、スタッフや家族とともに机の上にのぼった。「車はまた流されていってしまい、水がごうごうと音をたててどんどん高さを増していく。電気も消えてしまい真っ暗になって、本当に怖かった。もう生きた心地がしませんでした」。店内のディスプレーをするために置いてあったはしごを机に上げ、天窓を突き破って命からがら何とか逃げ出した。

洪水直後、泥で埋まったフローレス・ピリ=タラソナさん提供

「生まれた時からここにいるけど、大きな災害もなく、まさかこんなことが起こるなんて思ってもいなかった。お客さんも、商売仲間も、多くの人が亡くなった。3歳の子どもと一緒に亡くなったお母さんもいる。今こうやって生きて話をできるだけまし」と涙ぐんだ。同市では今回の洪水で60人以上、全州では200人以上が亡くなった。

専門家「地球温暖化の影響で今後も起こる可能性」

何が起きたのか。1029日はパイポルタ市内では雨はほとんど降っていなかったが、上流の地域で8時間のうちに1年分に相当するほどの激しい雨が降った。

季節の変わり目には「DANA」と呼ばれる寒冷低気圧によって雨が降ることがあるが、近年は夏が長く気温も高くなったために降水量が増していた。29日には上流から猛烈な勢いで水が押し寄せて濁流となり、渓谷の水位が急上昇して氾濫(はんらん)したと見られる。

「バレンシアは一般的にとても気候が良くて、地震もない。『世界で一番いいところに住んでいる』と言い合っていた。私たちは各地で起きた災害被害を助けに行く側だった」。被害の大きかったパイポルタ市の、エステル・トリホス第二副市長は語る。 

災害対応のための国や州、地元自治体の準備は整っていなかった。第二副市長は「当日は州から災害の警告がなく、市民に伝えるシステムもなかった」という。避難訓練をしたこともなく、災害対応のプランはあったが、「洪水の規模が予想をはるかに超えていたため機能しなかった」。

だがバレンシア工科大学の水利事業の専門家、フェリックス・フランセス教授は「このような川の氾濫は、進む地球温暖化の影響で今後も起こる可能性が十分ある」と指摘する。

大活躍したボランティア

水がひいた後もパイポルタ市は大量の泥とがれきで街が埋め尽くされた。大活躍したのがボランティアだ。「店の中のものは流されてどこかに行ったか、1メートル近く積もった泥の中に埋もれてしまいました」とタラソナさん。ぼうぜんとしていたところに来てくれたのが多くのボランティアたちだった。

「感激しました。40人以上のボランティアの皆さんが、顔や身体を泥だらけにしながら片付けを手伝ってくれたんです。人間愛を感じました。思い出すだけで泣けてきます」と、また涙ぐんだタラソナさん。「彼らに私もがんばらなくてはと励まされました。店では毎年クリスマスパーティーをするんですが、こんな時だからこそ美しいものが必要なのではと思い、12月4日にがんばってパーティーを開いたんです」

多くの顧客が訪れて、「こういう美しいことをしてくれてありがとう」「今年も開いてくれてうれしい」と感謝されたという。

タラソナさんら商店主が早く店を再開できるよう支援したのは、フアン・ロッチさんだ。ロッチさんはバレンシア出身で、スペイン最大のスーパーチェーン、「メルカドーナ」の経営者だ。

私財1億ユーロ(約156億円)を提供し、被災した中小零細企業が仕事を再開できるように支援。公園やスポーツ施設の改修なども行っている。少しでも早く商売が再開できるよう、年内には振り込んだという。

「ザラ」などのブランドを持つアパレル大手「インディテックス」の創業者、アマンシオ・オルテガも自身の財団から1億ユーロ(約156億円)を寄付。自治体を通じて被災者に支援金を送っている。パイポルタ市では家に住めなくなった人に、1家庭あたり2600ユーロを支給した。 

10人弱のボランティアと寝泊まり

アンヘル・エルナンデスさん(22)は、この街にボランティアでやって来た一人だ。16歳の頃に赤十字でボランティアをしたことがあったが、「その後は学校や仕事が忙しくなって、遠ざかってしまって」。高校を卒業した後は大学に行かず、18歳で暗号通貨の会社を起業していた。「もうかったり損したり、面白かったけれどなんか物足りなくなってボランティアに来ました」

パイポルタ市内の物資配送センターでボランティア活動をするアンヘル・エルナンデスさん=2025年2月、スペイン・パイポルタ、筆者撮影

最初は泥掃除などの手伝いをした。「ひざまで泥につかっている人たち、バルコニーから『助けて』と叫んでいる人、『自分は何もできない』とぼんやりと立ち尽くしている警察官……。一生忘れられません」とエルナンデスさん。

やがてバスク地方を拠点とするNPOGBGE」が立ち上げた物資の配送センターの活動に加わった。今は責任者として、市や軍と協力しながら、次々と届く支援物資の仕分けをし、市内に2カ所ある配布所に振り向けている。10人弱のボランティアと共にセンターに寝泊まりしている。

広いセンターには、水や食べ物、洋服、おむつなどの生活必需品から家具、家電、子どものおもちゃやゲームまで多種多様なものがあった。「最初は食べ物が中心で、今は家具や家電にニーズが移ってきました。あまり無料で配ってしまうと、地元の経済復興にはよくないので、賛否両論があって、そのバランスをとるのが難しいです」

ここでの活動を振り返ってもらった。「最初は朝から晩まで仕事が山積み、忙しすぎてどれだけ働いても仕事が終わらず、次から次へとやることが出てきて一生懸命やってもありがとうとも言われない。最近ようやく感謝されるようになってきて、自分のやっていることが人の役に立っていると実感できています。ボランティアをして初めて自分の生きている意味を考え始めました」

パイポルタ市内のあちこちに、ボランティアに感謝する垂れ幕がかかっていた=2025年2月、スペイン・パイポルタ、筆者撮影

そう語ってくれたさなかにもあちこちから電話がかかり、センターに直接物資を受け取りに来た被災者の相手をし、ボランティア仲間に指示を出す。「ボランティアの管理も大変です。あまり厳しく要求できないけど、でもちゃんと働いてもらわないと困るし……。ボランティア仲間とはいろんな議論をしました」

活動が一段落するまで、あと数カ月はここに滞在するつもりだというエルナンデスさん。「その後のことは、あまり考えていません」。ただ、ここでの活動のような人道支援も選択肢の一つだという。「ビジネスでもうけたら、そのお金を人道支援に使えないかなと今はそう思っています。明日はどう思っているかわからないけれど」

明らかになった課題

ボランティアの活動を多くの人に印象づけたが、今後に向けての課題も明らかになってきた。洪水が発生した時、州政府は州のボランティアネットワーク「ボランティアの家」に手配と調整を依頼。同組織のスタッフ60人ほどが調整業務にあたった。コロナ禍や20242月にあった大規模火災でもボランティアは大活躍。「ボランティアの家」代表のミゲル・サルバドルさん(65)は、「行政との連携がちょうど深まっていた時だった」という。

バレンシア州のボランティアネットワーク組織「ボランティアの家」代表のミゲル・サルバドルさん=2025年2月、スペイン・パイポルタ、筆者撮影

州議会で州とボランティアの定期協議会をつくり、ボランティアには公共交通料金を安くするなどの優遇措置や、大学生がボランティアをした時の単位認定をするなどの州法の改正の議論が始まっていた。「洪水で州議会が止まってしまったのでまだ法改正はできていませんが、今回改めてボランティアの重要性が人々に認識されたと思います」

また災害時にも、緊急対応をどうするかについて事前に協議しておこうという検討を今後、州政府や軍、ボランティアや企業などで始めることになったという。災害対応に欠かせないボランティア。行政と平時から連携を深めておくことが重要だ。