大国間の駆け引きより「気候変動こそが脅威」 太平洋の島々の危機感
太平洋の小さな島国は、気候変動にどう向き合っているのか。来日した「太平洋諸島フォーラム(PIF)」のバロン・ワンガ事務局長が取材に応じました。

太平洋の小さな島国は、気候変動にどう向き合っているのか。来日した「太平洋諸島フォーラム(PIF)」のバロン・ワンガ事務局長が取材に応じました。
太平洋の小さな島国各国にとって、気候変動は「存続に関わる唯一最大の脅威」と位置づけられ、対策が急務とされています。これらの国々やオーストラリアやニュージーランドなど18カ国・地域で構成する「太平洋諸島フォーラム(PIF)」のバロン・ワンガ事務局長(65)が朝日新聞の取材に応じ、直面する気候変動の影響や対策の重要性について語りました。
──気候変動の影響は世界各地で問題となっています。PIFを構成する国々ではどのような状況でしょうか。
私たちは、広大な太平洋に浮かぶ小さな国々で、気候変動の影響を大きく受けています。異常気象が増え、度合いも大きくなっている。この数年、私たちの国々には、これまでにない数のサイクロンが襲っています。
また、最も深刻な問題の一つが海面上昇です。多くの国で、人々は海岸に近い低地に暮らしており、例えば私の出身国であるナウルでも、人口の95%以上が海から数メートルほどの海岸周辺に住んでいます。
海面上昇の影響で、海岸線が侵食されてきており、ナウルやフィジーなど一部の国では、コミュニティー単位での高地への移住計画が進められています。
──こうした気候変動による災害などに、太平洋の国々自身の手で備えるためとして、多国間の資金枠組み「太平洋強靱(きょうじん)化ファシリティー(Pacific Resilience Facility、PRF)」が発足します。どのような取り組みですか。
気候変動対策には資金が必要ですが、国際的な資金調達には計画や承認など非常に多くのステップが必要で、官僚的なプロセスがあり、数年単位という時間がかかる。自然災害に対しても、例えば昨年12月のバヌアツでの地震でも国際的な援助が寄せられたように、国際的な支援の枠組みがある一方で、最も弱い立場にある人々、現場の村々まで支援が行き渡るのに時間がかかることが課題となってきました。気候変動の影響で異常気象が増え、支援が届く前に、次の災害が起きるようなことも起きている。
そこで立ち上げたのが、PRFです。現地の状況を最も把握しているそれぞれの国が、自然災害が起きたらすぐに対処できるよう、資金を準備し、自ら管理、運営する試みです。自然災害に対し、より細やかな、コミュニティーレベルの草の根で、緊急の対処ができると期待している。
──新たなPRFの取り組みに対して、日本政府は今年3月、300万米ドル(約4億4千万円)の拠出を決定しました。
太平洋の国々の良き友人であり、パートナーである日本政府と日本の人々に感謝します。初めて正式にPRFへの拠出を決定したのが日本であることは大変うれしい。ほかの国々も続くことを願っています。(注:これまでにオーストラリア6800万ドル、サウジアラビア5千万ドル、米国2500万ドル、ニュージーランド1200万ドル、英国170万ドル、ナウル68万ドル、中国50万ドルの拠出を表明済み)
私たちは太平洋の小さな国々で、多くが経済的に発展途上にある中、気候変動の最前線で対処しなくてはならない。最も脆弱(ぜいじゃく)な人々の一部です。
例えば島にサイクロンが来て、畑が流されてしまう。お金を借りて生活を立て直しても、またすぐに別のサイクロンが来て再び畑が流され、さらに多くの借金を抱えることになってしまう。どうやってこの状況から抜け出すことができるでしょうか。
もちろん、各国が独自の予算を持ち、災害対策の予算もありますが、気候変動の影響に対応するには十分ではありません。PRFのような枠組みを立ち上げ、域内で連携して取り組むとともに、日本をはじめ、国際的なパートナーに参加してもらうことが重要です。
気候変動対策の国際ルール「パリ協定」もまた、世界の国々と連携したよい取り組みの一つです。
──1月に就任した米国のトランプ大統領は、パリ協定からの離脱を表明しています。
私たちは米国と友好的な関係にありますし、米国では新政権が始まったばかりで、政党が異なれば政策の優先順位が異なることも理解していますが、非常に残念なことです。太平洋の国々にとって懸念事項で、私たちの国々のリーダーの多くが懸念を表明しています。
一方で、米国が離脱を表明しても、パリ協定は継続している。米国がパリ協定について再考することを常に歓迎します。米国の現政権にとって気候変動は優先事項ではないかもしれませんが、二国間レベルでは、太平洋の国々と米国は引き続き良い関係を続けています。
──巨額の開発援助などを進める中国の影響力の拡大を懸念する声もあります。
2019年にキリバスとソロモン諸島が台湾と断交して中国と国交を結び、2024年にはナウルも同様に中国との国交を回復するなど、たしかに中国との関係は近年、より顕在化しています。ただ、中国はPIFにとって長年関係を構築してきた国の一つであり、それぞれの国も二国間関係を築いてきました。中国の影響力がより目立つようになってきたかもしれませんが、関係は以前から存在してきたもので、引き続きの支援、特に持続可能な開発と気候変動対策について、期待しています。
もちろん、米国やほかの国々との地政学的な議論もあるでしょう。しかし、私たちは平和な地域で、関心事は、持続可能な開発によって経済的に安定し、持続可能性と平和と調和を促進する、個々の主権国家として地域的、国際的な責任を果たすことにあります。私たちにとって最大かつ唯一の脅威は気候変動なのです。
対等な主権国家として、誠実で敬意と信頼に基づく関係である限り、すべての国と仲良くしたいし、すべての国を歓迎します。ですから、外からこの地域にやってきて、腕を引っ張り合うものでも、あちらからこちらへと関係を切り替えるようなものでもありません。
私たちが求めているのは、誠実な本物のパートナーシップです。だからこそ私たちは、日本とのパートナーシップに感謝しています。
──日本の人々に伝えたいことは?
重要なのは、私たちが太平洋で直面している問題は、世界中どこでも起きうる事例だということです。海面上昇だけでなく、洪水や干ばつ、山火事など、気候変動の影響は世界中で起きている。国の大小や、島か大陸か、海に近いか山に近いかに関係なく、世界中の人々に影響を及ぼしている。人類の存亡に関わる脅威であり、地球規模の対応は、世界的な責任でもある。
だからこそ、私たち太平洋の島国に似た国だけでなく、地球全体の未来の問題だという意識をもって、十分な支援を集め、取り組む必要があると考えます。