世界の保健医療分野の課題に向き合う「グローバルヘルス(国際保健)」の取り組みを進めるため、若い世代が直接、政治家や官僚、有識者らに政策提言をするイベントが6月5日、東京・永田町で開かれた。イベントでは、岸田文雄前首相や自民党の木原誠二選対委員長らが登壇したパネルディスカッションもあり、岸田氏は「グローバルヘルスの課題は世界的にも重要な課題だという認識が高まっている」と語った。

政策提言で「社会を前に進める」

イベントは政策提言プラットフォームを提供する「PoliPoli」が主催。母子保健やマラリア、顧みられない熱帯病(NTDs)などグローバルヘルス分野の課題に取り組む若い世代の活動を支援する「Reach Out Project」を運営しており、直接政治家らに政策提言をする場を「Policy Pitch」と題して開いてきた。

PoliPoli代表の伊藤和真氏は冒頭、「政治・行政だけではなく、企業やNGOなどいろいろな方々が集まり、政策をともに作る場が必要だということでPoliPoliを創業した。今回は、グローバルヘルス分野のNGOやスタートアップ企業のみなさんが政策を前に進める、社会を前に進めるようなイベントにできたら」とあいさつした。

「Policy Pitch」を主催したPoliPoli代表の伊藤和真氏=2025年6月5日、東京・永田町、筆者撮影

岸田前首相「グローバルヘルスは世界的にも重要な課題」

この日は政策提言に先立ち、岸田前首相や木原氏、「シブサワ・アンド・カンパニー」代表取締役の渋沢健氏が登壇するパネルディスカッションもあった。

パネルディスカッションに登壇した(左から)木原誠二衆院議員、岸田文雄前首相、渋沢健氏=2025年6月5日、東京・永田町、筆者撮影

新型コロナウイルスの感染が広がっていた2021年10月に政権を発足させた岸田氏。当時を振り返り、「パンデミックの中で、国際保健は人の健康だけでなく、経済や社会、安全保障においてもリスクとして考えなければならない大きな課題であると改めて世界が気が付いた」とし、2023年5月の主要7カ国(G7)広島サミットでG7として官民で480億ドル以上の保健分野への資金拠出を表明したことなどを挙げ、「多くの首脳が賛同し、協力してくれた」と語った。

日本政府のこれからの貢献のあり方については、「グローバルヘルスの課題は世界的にも重要な課題だという認識が高まっていることは間違いない。日本は大きな貢献をするべく、高い志を持って財政についても考えていかなければいけない」としつつも、「(地球温暖化など)グローバルヘルス以外にも対応しなければいけない。民間のみなさんにも、地球規模の課題に取り組むことは自らのビジネスの環境を整え、企業価値を高めていくことにもつながるんだという思いで協力してもらう、こうした雰囲気を官民を挙げてつくっていくことが大事なのではないか」と述べた。

グローバルヘルス分野における官民連携の重要性を語る岸田前首相=2025年6月5日、東京・永田町、筆者撮影

岸田政権で内閣官房副長官を務めた木原氏も、日本企業がグローバルヘルス分野に投資する重要性を述べた上で、政府による資金拠出については「(省庁を横断した)『オール霞が関』『オール日本』で国も予算を獲得していく、そういう時代に入っているのではないか」と指摘した。

パネルディスカッション後、来賓としてあいさつした加藤勝信財務相は、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)や、途上国などでワクチン普及を進める官民連携の国際組織「Gaviワクチンアライアンス」に対する拠出について、「我が国の財政事情が大変厳しい中、どう貢献していくのか。(円安で)以前と同じ額でもドルに換算すると下がってしまうという問題もある中、これまでと同じような責任はしっかりと果たしていかないといけない」と言及した。

若い世代が政治家らに訴えたこと

会場に集まった国会議員や官僚、NGO関係者らを前に政策提言をしたのは、グローバルヘルス分野のスタートアップ企業や学生団体のメンバーら計5グループ・個人。ワクチン未接種の子どもたちの問題に取り組む団体や、ポリオ根絶を求める団体からは、関連する国際組織への拠出を求める声が上がった。

一般社団法人「Reaching Zero-Dose Children」の平田竜都さんはGaviワクチンアライアンスへの継続的な拠出を求めた=2025年6月5日、東京・永田町、筆者撮影

母子保健やマラリアなどの課題に取り組むスタートアップ企業からも提言があった。自身も小児科医で、妊産婦を支援することをめざし、妊婦向け体調管理アプリの開発などに取り組むスタートアップ企業「Famileaf」を共同設立した吉川健太郎さんは、「栄養」を切り口に提言。日本は世界的にみても痩せている成人女性の割合が高く、低出生体重児(出生時に体重が2500g未満の赤ちゃん)の割合も他の先進国に比べて高いとし、出生体重が低下すると将来の健康にも影響すると指摘した。さらに、栄養不良はワクチン接種後の抗体獲得率にも影響するとし、「(ワクチンの)効果が減弱することが最近の研究でわかっている」と述べ、ワクチンと栄養の統合的なアプローチの重要性を訴えた。

スタートアップ企業「Famileaf」共同創業者で小児科医の吉川健太郎さん=2025年6月5日、東京・永田町、筆者撮影

「低栄養を自国の課題とするほぼ唯一の先進国である日本への提言」として、栄養の分野の課題解決に向けて産官学が一体となって挑戦できる環境を整備すること、こうした分野のスタートアップ企業の支援、栄養改善からワクチン接種効果の向上につながるような日本独自の国際貢献モデルの構築ーーを訴えた。「海外で得られた知見を日本の課題解決にも生かすことができるという意味で、栄養を起点とした国際貢献は一石二鳥、三鳥、四鳥かと思っている」と述べた。

吉川さんの提言に対しては、出席した国際NGOの担当者から、日本で低栄養が課題となっている理由についての質問があり、「途上国の低栄養と日本の低栄養の社会的要因が違うなかで、根本的な原因に着目してそれぞれ対応していく必要がある」との指摘があった。外務省の担当者からは、「今後、気候変動や自然災害といった新しい地球規模の課題から栄養不良になるという問題も出てくる。JICA(国際協力機構)や関係省庁と相談しながら日本の国際的なプレゼンスの向上に努めていきたい」とのコメントがあり、吉川さんも「栄養の問題はあらゆる問題のハブ、基盤になると思っているので、栄養を起点に様々な問題の解決につなげていけたらと思っている」と応じていた。