今年8月に横浜市で開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD9)を前に、衆議院第1議員会館で3月7日に開かれた「第2回アフリカにおける感染症とUHCに関するPre-TICADサミット」(認定NPO法人マラリア・ノーモア・ジャパン主催)のセッションの一つ、「アフリカにおける健康危機をどう伝えるか」。with Planetの木村文副編集長がモデレーターを務め、日本のジャーナリスト、アドボカシー担当者、アフリカのNGO事務局長を迎え、それぞれの視点から「伝える」をテーマに議論を交わした。

アフリカの二面性を「伝える」

気候変動が引き起こす干ばつやサイクロン、洪水による感染症の増大、紛争や人の移動が引き起こす健康リスクなど、アフリカにおける健康課題を日本でどのように「共有」し、「共感」を得て、新たな価値の「共創」へとつなげるのか。ジャーナリストで立命館大学国際関係学部教授の白戸圭一さん、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン アドボカシー部長・堀江由美子さん、アフリカのマラリア対策と保健システム強化に取り組む市民社会組織「Impact Santé Afrique」事務局長のオリビア・ングーさんが語り合った。

「アフリカにおける健康課題をどのように伝えるか」を話し合ったセッション=2025年3月7日、東京都千代田区の衆議院第1議員会館国際会議場、マラリア・ノーモア・ジャパン提供

木村副編集長はまず、アフリカ大陸の外にいる人々と課題感を「共有」することの難しさについて3人に尋ねた。

白戸さんは、立命館大学でアフリカに関する講義を7年間担当する中で見えてきたことを語った。講義では2000年代以降、急速に経済発展が進んだアフリカの実像を伝える一方、1日1ドル以下で暮らす人々の存在にも触れる。すると学生からは、「アフリカは貧しいのか、それとも成長しているのか、といった質問がくる」。成長と貧困が共存し、格差が大きいアフリカの実情を「日本の学生に正確に伝えるのは非常に難しい」と感じるという。

立命館大学国際関係学部教授、元毎日新聞記者の白戸圭一さん=2025年3月7日、東京都千代田区の衆議院第1議員会館国際会議場、マラリア・ノーモア・ジャパン提供

この話を受けてングーさんは、「アフリカのポジティブなイメージをSNSで発信する若い世代がいる一方、いまだに多くの人々が貧困の中で生活し、仕事の機会すらないという現実がある」と指摘。この事実を正確に伝えようとすると「SNS上のイメージを壊したくない人たちと衝突することもある」と明かす。

それでもングーさんは「アフリカの厳しい現実と成長の可能性、その両方を伝えなければいけない」と力強く語り、「ジェンダーや健康、経済など、多岐にわたる課題があるが、伝えるターゲットに合わせて適切なアプローチを選ぶことも大切だ」と強調した。国ごとに多様な言語や独自の文化があるアフリカ諸国間でメッセージを共有する難しさにも触れ、「地域の代表者と協力することも欠かせない」とも話した。

堀江さんには、世界各国で子どもたちを支援する国際NGOでアドボカシーを担う立場から、日本の市民社会にどのようにメッセージを伝えているのか、伝えることでどんな期待を持っているのかを尋ねた。

議論の前提として堀江さんは、世界の子どもたちの現状を説明した。「毎年約500万人の子どもが5歳を迎える前に命を落とし、特にサハラ以南のアフリカや中東での死亡率が高い。予防接種を一度も受けたことがない『ゼロドース・チルドレン』の割合もアフリカは約19%と、世界平均の約2倍。パンデミックの影響で予防接種率が大幅に低下し、ワクチンで防げる病気によって年間150万人の子どもが亡くなっている」

より多くの市民に世界の現状を伝えることで、「保健分野の課題解決へ向けたさらなる支援や提言を日本政府から引き出すことを期待」する一方、「世界の課題を自分ごととして捉えにくい」点を課題として指摘。日本との比較などを交えて発信する工夫はしているものの、「単なる数字として流されてしまう」という。

ストーリーに乗せ「共感」を呼ぶ

次に、アフリカの現状を正確に伝え、日本の人々の共感を呼び起こすためにはどうしたらいいか、意見を交わした。

堀江さんは、「グッドプラクティス(好事例)」を活用した方法を挙げた。例として、3月7日にwith Planetに掲載された記事「予防接種を受けていない子1450万人 救える命を救うためにできること」を紹介。「地域の保健推進員の支援を受け、子どもが初めて予防接種を受けることができた。歴史的・社会的な背景も含め、厳しい環境に置かれた母子の姿をナラティブ(物語)で伝えることで、援助によって確実に状況が改善されることを示したい」と語った。

公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン アドボカシー部長の堀江由美子さん=2025年3月7日、東京都千代田区の衆議院第1議員会館国際会議場、マラリア・ノーモア・ジャパン提供

また、現地の課題を肌で感じることの重要性も指摘した。2024年7月の海外視察では日本の国会議員をエチオピアに招き、日本も資金を拠出してきた「Gaviワクチンアライアンス」や世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)」の支援で届いた医薬品や機材が実際の現場で使われている様子などを見学した。すると帰国後、ある議員は視察の内容をまとめて会員数70万人以上の機関誌に寄稿し、また視察に参加した議員が若手議員向けに報告会を開くなど、保健課題に取り組む行動がみられたという。

「この視察の際、議員の一人が『直接的な国益につながらなくても、日本政府が支援を提供し、相手国に感謝されること自体が国益だ』と話していた。短期的な見返りがなくとも、中長期的な視点での発信が必要だと改めて感じた」(堀江さん)

白戸さんは、援助をする側(ドナー国家)の社会が直面している問題についても強調する。東西冷戦終結後の1990年代初頭以降、米国を中心としたグローバリゼーションが世界を席巻した。世界中で格差が拡大し、「日本を含む西側諸国の中間層が事実上崩壊した」。日本政府がアフリカ諸国を含む国外向けの援助を表明すると、SNS上では「そんな金があるなら国民の暮らしを良くしろ」といった意見が拡散され、支持される時代になっている。

こうした現象は日本に限らず、「アメリカ第一主義」を掲げた大統領が率いる米国や、右派勢力が台頭する欧州でも見られる。白戸さんは「このような自国中心主義の風潮にどう立ち向かうのか。10年前と比べて大きな課題になった」と危惧する。

この話を受けて、ングーさんは答えた。

「パンデミックを経験し、一国の健康危機が他国にも影響を及ぼす現実を目の当たりにしたにもかかわらず、その教訓が忘れられつつあることに驚きを隠せない。一方で、他国の危機に共感し、その解決を信じる人々がいることも確かだ。一国の問題は、世界全体の問題だというメッセージを、できるだけ多くの人に届けたい」

アフリカのマラリア対策と保健システム強化に取り組む市民社会組織「Impact Santé Afrique」事務局長のオリビア・ングーさん=2025年3月7日、東京都千代田区の衆議院第1議員会館国際会議場、マラリア・ノーモア・ジャパン提供

自分ごとと捉え「共創」する

さまざまな課題を乗り越え、異なるセクターが手をとり、ともに課題に立ち向かうには何が必要か。最後は「共創」をテーマに意見を交わした。

「アクションや投資によって状況が改善することを、エビデンスをもって示すことが重要だ」と堀江さん。セーブ・ザ・チルドレンがエチオピアで実施したグローバル・ファイナンシング・ファシリティー(GFF)に関する調査の報告書(2023年)では、「世界銀行グループの国際開発協会(IDA)とのパートナーシップを通じ、GFFが1ドルを拠出するごとに保健サービスに10ドルの追加資金が導入されるレバレッジ効果が確認された」と説明。この結果を財務省に共有したところ「資金提供先を精査する上で、具体的なデータは非常に有効」とのコメントを得たという。

堀江さんはまた、シチズンシップ(市民)教育や開発教育の重要性にも言及した。同団体は昨年、子どもの権利や社会課題をやさしく解説した記事を掲載した子ども向けサイト「あすのコンパス」を公開。コロナ禍を経験し、地球の課題を自分ごととして捉えている子どもたちに「日本からできることを考え、行動するきっかけを提供する」目的だという。

TICAD9を前に開かれた「アフリカにおける感染症とUHCに関するPre-TICADサミット」=2025年3月7日、東京都千代田区の衆議院第1議員会館国際会議場、マラリア・ノーモア・ジャパン提供

堀江さんと同様、白戸さんも若者を対象とした開発教育を重視すべきだと強調する。ただ、白戸さんのゼミでは、あえてアフリカの問題を取り上げない。アフリカ大陸の弱い立場の人々に共感するため、まずは足元にある国内の貧困問題について徹底的に考えさせるという。

ゼミのフィールドワークでは、日本の市区町村で最も平均寿命が短い大阪市西成区や、隣接する歓楽街・飛田新地を訪れる。同世代の女性が売春をしている現実を前に、「もし自分の親が病気で働けなくなったら」「もし大学を辞めざるを得なくなったら」など、これまでの人生で、自分も同じ道を選ばなかったと言い切れるかを考える。「学生はこうした問いに2年間向き合う中で、世界の問題が足元にも存在していることを実感する」。一見回り道に思えるゼミでの学びを経て、アフリカの問題をもっと理解したい、とルワンダへ自費で渡航した学生もいるという。

ングーさんも、アフリカを舞台に白戸さんや堀江さんと同様の取り組みを行ってきた。国の中で最も裕福な地域に暮らす議員らを中心に、地球規模の課題の影響を最も受ける地域の現状を体験してもらう活動だ。

地域の保健センターでは、1日100人以上の患者を1人で診る医師や看護師の過酷な環境を目の当たりにし、「今もこれほど深刻な状況だとは知らなかった、と話す議員もいた。事務所で報告書を読むのではなく、現場を経験することで意識が変わり、行動のきっかけになる。3大感染症(エイズ、結核、マラリア)の対策を議会で話し合う際の理解も深まるはずだ」。多くの参加者は1年以内に再訪問したいと申し出るなど、課題解決に意欲的に取り組んでいるという。

最後に堀江さんは、国際協力に関する市民の意識調査の結果を紹介しながら、「日本の若者の多くが、国際協力や国際的な協調は重要であり、日本がその役割を担うべきだと考えている。SNSで飛び交う否定的な意見に屈することなく、今こそ人間の安全保障についてわかりやすく発信することが重要」と力強く語った。