沖縄県の公立病院で主に感染症診療に従事する内科医の高山義浩さんは、認定NPO法人ロシナンテスの理事として、世界の国・地域で保健医療協力にも取り組んでいます。今回は、世界でも結核の流行が深刻な国の一つであるザンビアで、日本の技術を生かした「ポータブルX線撮影装置」を使って結核診療を変えようという取り組みを紹介します。

アフリカ南部に位置するザンビア。この国は、広大な自然と豊かな鉱山資源を持つ一方で、深刻な結核の問題を抱えています。日本ではなじみが薄くなってきた病気ですが、世界的では依然として主要な感染症の一つであり、いまだに子どもを含む多くの命を奪っています。

ザンビアにおける人口10万人あたりの結核感染者は346人(2019年)に上り、結核の流行が深刻な「高負荷国」とされる30カ国の一つに数えられています。閉鎖的な環境で長時間働く鉱山労働者で感染率が高く、解雇を恐れて症状を隠しながら働く人が多いことが問題となっています。

また、ザンビアでは結核感染者の約6割がHIVにも感染しており、これは世界で6番目に多いとされています。免疫が低下した状態で結核を発症すると、死亡リスクが高まります。さらに、二つの感染症を同時に治療しなければならず、薬の副作用や相互作用などによって内服が続けられず、ドロップアウトしてしまう患者が多いことも問題です。

私が理事を務める国際NGO・ロシナンテスは、ザンビアの地域医療支援を行っています。2年前から、結核の早期診断と治療を可能とするため、ポータブルX線撮影装置の導入を進めてきました。ここでは、私たちの取り組みについて紹介します。

X線のない結核診療

結核の診断には、通常「喀痰(かくたん)検査」が用いられます。これは患者の痰(たん)を採取し、顕微鏡やPCR検査を使って結核菌の有無を調べる方法です。ザンビアでは、多くの病院やヘルスセンターにPCR検査装置(GeneXpert)が配備されており、一定の診断能力は備えています。

しかし、この方法には限界があります。結核にかかっていても、痰の中に菌が出にくい「初期の結核」では、PCR検査では見逃されることがあります。また、乳幼児や高齢者では喀痰をうまく出すことができず、唾液(だえき)のみでは結核菌を捉えることが困難です。このようなケースでは、X線による画像検査が不可欠になります。肺の影を確認することで、結核の可能性を判断できるからです。

ところが、ザンビアの病院の多くにはX線装置がありません。都会の大きな病院にはありますが、地方の病院では壊れたまま放置されているか、そもそも設置されていないのが実情です。そのため、患者はX線検査を受けるために都市部まで移動しなければなりません。しかし、交通費を捻出できない患者も多く、診断を受けられずに放置されるケースが後を絶ちません。

現地の医師たちからも、何とかX線装置の支援が受けられないかと相談を受けていました。たしかに、どんな沖縄の離島診療所であっても、X線装置ぐらいはあるもの。私がここで働けと言われたら、「とりあえずX線撮影をできるようにしてくれ」と要求するでしょう。しかも、結核の流行地域です。もっともな要望だと思われました。

ヘルスセンターにむけて歩く親子。必要な医療を受けるために何時間も歩かなければならない家族もいる=2023年2月、ザンビア・セントラル州ムワプラ村、筆者撮影

日本の技術で結核診療を変える

この課題を解決するため、私たちは、ザンビアの地方農村に「ポータブルX線撮影装置」を導入することにしました。

この機器は、富士フイルムが日本の在宅医療向けに開発したもので、放射線の量を最小限に抑えながらも鮮明な画像を撮影できる技術を備えています。しかも、両手で持てるほどコンパクトなサイズで、持ち運びが可能です。そのため、都市部の大病院まで行かなくても、患者が暮らす地域で撮影ができるという大きなメリットがあります。

さらに、この機器は、電源がなくてもバッテリー駆動で撮影が可能で、ソーラーシステムによる充電も可能です。つまり、電力のないような農村部のヘルスセンターであっても、X線撮影が実施できるようになります。

ポータブルX線撮影装置は、この大きさのソーラーシステムで連続稼働ができる=2025年1月、ザンビア・セントラル州のムワンジュニヘルスセンター、筆者撮影

また、このポータブルX線撮影装置には、AIによる読影支援ツールが搭載されており、看護師しかいないヘルスセンターでも、画像から結核の疑いがある患者を判定できます。疑いのある患者を医師のいる病院へ紹介すればよいため、地域医療の効率性を高める可能性があります。

新技術が直面する規制の壁

2023年2月、富士フイルムはポータブルX線撮影装置を私たちに無償で貸与してくれました。まずは、アフリカ農村の環境下で、この機器が正常に稼働するか、有効に活用できるかを確認する必要があったからです。

私たちが活動するセントラル州で使用許可を取得し、同年5月から正式に運用を開始しました。まずは、セントラル州南部に位置するリテタ病院で使用することにしました。この病院は、約8千人の地域をサポートしていますが、壊れたX線装置しかありませんでした。そして、この病院を拠点として、周辺のヘルスセンターを隔週で巡回しながら撮影することにしました。

導入初日に私は立ち会い、8人の外来患者を撮影しました。そのうち1人が画像で分かるように、明らかに肺結核でした。また、1人が細菌性肺炎の疑いで、4人は正常所見でした。このほか、2人が骨折していることも診断されました。初日からしっかり役立っている実感が得られる結果で、現地の医師からも感謝の言葉がありました。

(左)撮影されたX線画像。微弱な放射線で鮮明な画像が出力される。(右)AIによるX線画像の読影。右上に、結核の可能性 99% と出ている=いずれも筆者提供

導入はよかったのですが、新技術の導入にはいつも「規制の壁」が立ちはだかります。ザンビアでは、X線撮影は「鉛で覆われた専用のX線室でのみ行うこと」と定められていたのです。ところが、ヘルスセンターにはX線室などありませんから、携帯型であるにもかかわらず撮影が認められないことが分かったのです。

ポータブルX線撮影装置は放射線量が低く、一般家庭でも使用できるほど安全な設計になっています。私たちは放射線量を測定したデータを提出し、安全性を示すことでザンビア政府との交渉を重ねました。その結果、ポータブルX線撮影装置に限り、X線室なしでの使用が特例として認められました。

次に問題となったのが、「X線撮影はX線撮影技師のみが行える」という規制です。ザンビアでは、医師や看護師であっても撮影を行うことが認められていません。しかし、そもそもX線機器の普及率が低いため、ザンビアにはX線撮影技師自体が少ないのが現状です。

技師を増やすには時間も費用もかかります。そこで、私たちは医師や看護師にもポータブルX線撮影装置での撮影を認めるタスクシェア(業務分担)の導入を提案しています。イギリスやアメリカの一部の州では、診療看護師(Nurse Practitioner、NP)がX線撮影を認められています。アフリカでも、ケニアにおいて特定のトレーニングを受けた臨床従事者(Clinical Officer)に撮影が認められています。

ザンビアでも同様の制度を導入できないか、規制緩和に向けた協議を続けているところです。

ポータブルX線撮影装置の成果

8カ月の試験運用を経て、2024年1月に中間評価を行いました。この中間評価は、2024年11月に沖縄で行われたグローバルヘルス合同大会で発表されました。

その結果、ポータブルX線撮影装置を導入した地域では、結核診断率が飛躍的に向上していることが明らかになりました。PCR検査で結核陽性と判定された67人に加え、PCR検査では陰性だった77人も、X線画像をもとに結核と診断されました。もちろん、症状などを含めた医師による総合的な診断ですが、従来の診断法では見逃されていた患者が、それだけ多くいたことを意味します。

さらに、私たちが予想していなかった成果もありました。ポータブルX線撮影装置の導入により、8カ月間で132人もの骨折を診断したのです。ザンビアなど途上国では、信号や交通規制が整備されておらず、交通事故にあう子どもがとても多いのが現状です。ヘルスセンターでポータブルX線撮影装置を用いて骨折の有無が早期診断されるようになり、専門的な治療が受けられる医療機関へ迅速に紹介できるようになりました。これにより、外傷による後遺症のリスクを減らせていると考えられます。

先月会ったセントラル州の医療局長であるパンジャ医師も、このポータブルX線撮影装置について、「私たち地域医療に大きな変革をもたらす技術だ!」と熱く語っていました。

ポータブルX線撮影装置導入の打ち合わせ後の記念撮影。左から2番目が筆者、3番目がセントラル州のイサック・パンジャ医療局長=2025年1月、ザンビア・セントラル州、筆者提供

思いもよらない危機

アフリカの農村でも、ポータブルX線撮影装置が有効に活用できることが示されたため、私たちは2024年4月、日本政府の途上国援助(ODA)のNGO連携無償資金協力を得て、追加で4台を購入しました。

現在、これらの機器をザンビアの農村に展開し、現地の医師や看護師、ヘルスボランティアたちと連携しながら、結核の制圧にむけた取り組みを進めています。ザンビア政府も私たちの活動と成果に注目しており、これをモデルケースとして、全国へ拡大しようと検討しているようです。

順調に進んでいるかに思えたプロジェクトなのですが、実はいま、大きな危機に直面しています。

アメリカのトランプ新政権が、対外援助を停止してしまったからです。これは、大統領令に基づき「米国第一」の外交政策に一致するかを検証するためとのこと。検証期間は約90日とされていますが、延長される可能性があり、最悪の場合、援助の撤退が決まる可能性もあります。

この影響を受け、米国際開発局(USAID)による対外援助も停止され、ザンビアではすでに結核治療薬の供給が止まっています。現在の在庫が尽きれば、追加の薬剤がいつ届くかわからない状況です。いくら診断支援を行っても、治療薬がなければどうしようもありません。まさに、青天の霹靂(へきれき)です。

同様の影響が、HIV/AIDSの治療薬の供給にも及んでいます。結核やHIVの治療が一時的にでも中断されることは、感染拡大を招くだけでなく、薬剤耐性を増加させることになりかねません。これは、長期にわたる世界的な公衆衛生上のダメージとなる恐れがあります。

途上国の医療支援は、いつも一筋縄ではいかないものです。しかし、これまで現地で活動する仲間たち、そして支援者の皆さんのおかげで、数々の難題を切り抜けてきました。今回の危機に対しても、決して後ろ向きになることなく、診断と治療のアクセスを向上させるために私たちは取り組みを続けています。