地球規模の課題解決に最前線で取り組む人たちに、with Planetの竹下由佳編集長がその思いを聞きます。今回は、アフリカ南部ボツワナの元保健大臣で、アフリカのマラリア撲滅をめざす組織「マラリア対策アフリカ・リーダー・アライアンス」(ALMA)の事務局長を務めるジョイ・プマフィさんです。

3大感染症の一つ、マラリア。いまも世界で1年に60万近い人がマラリアで亡くなっている。

その約95%が発生しているアフリカで、国家間で連携して撲滅をめざす組織がある。2009年に発足した「マラリア対策アフリカ・リーダー・アライアンス」(ALMA)だ。

ALMAは、2030年までの撲滅をめざし、アフリカ諸国が加盟。「マラリアはアフリカにおける健康、開発に対する主要な脅威である」との認識のもと、各国が共通の目標のために協調して行動するよう働きかけている。

マラリア撲滅に向けて今何が求められ、日本には何ができるのか。国際NGOの招きで3月に来日したALMA事務局長のジョイ・プマフィさんに聞いた。

人々の健康のために「モニタリング」

――ALMAは何に重点を置き、どんな活動をしていますか。

ALMAは、アフリカ諸国のリーダーからなる組織です。当初はマラリア流行国の12カ国で発足しましたが、その後加盟国を増やしてきました。現在では、世界保健機関(WHO)に「マラリアのない国」として認められた国を含むアフリカ諸国全てがメンバーとなっています。

それは、ALMAの使命が拡大したからです。マラリア対策から発足しましたが、マラリアは女性、子ども、若者に大きな影響を与えることがわかりました。例えば、子どもが高熱で来院すると、肺炎とマラリアを併発している場合があります。HIV(エイズウイルス)に感染した妊娠中の女性がマラリアに感染するケースもあります。

そのため、私たちはこうした子どもや女性たちが病院を訪れた際、すべての疾患を検査し、必要な治療を提供するように各国に促しています。マラリアやHIV/エイズ、結核に焦点を絞るのではなく、すべての疾患に対応できるようにするためです。

私たちは、「モニタリングメカニズム」を導入しています。このデジタルツールを利用すれば、各国の重要な行動指標をモニタリングし、必要な時にいつでもリポートを抽出することができます。これにより、現状を分析し、ボトルネックとなっているものを特定できます。

また、病気の蔓延(まんえん)状況や、医療システム全体の状況についても監視しています。例えば、患者に対して医療従事者の数が少なすぎる場合、サービスの質が低下する可能性を警告します。

「コミュニティー・スコアカード」も導入しています。これは、コミュニティーレベルで看護師やヘルスワーカーらが会議を開き、医療サービスの質を評価するものです。

例えば、抗マラリア薬がない、看護師がいない、などの報告が寄せられます。その後、宗教指導者や地域のリーダー、議員などコミュニティー全員でどのような支援ができるか検討します。

スコアカードを確認するプラットフォームで、ケニアのスコアカードをレビューする保健担当者=ALMA提供

――各国の保健医療に関する動向のモニタリングに力を入れているのですね。

はい。人々の健康を守るために必要な資金や人材の状況をチェックしています。

アフリカでは、資格を持った看護師が欧州に流出する現象が起きています。流出が止まり、私たちが看護師の養成を強化すると、今度は看護師が過剰になり、失業者が増加します。

さらに現在、アメリカからの資金不足が深刻化しています。国際開発局(USAID)のプロジェクトの多くが停止したため、アフリカで多くのNGOが活動を停止しています。

これらのNGOは小規模の診療所を運営し、HIV/エイズやマラリアの治療などを行っています。多くの場合、医療従事者はNGOの職員であり、NGOから給与を受け取っていますが、USAIDの資金削減により、これらの職員は失業し、診療所は閉鎖されています。いま起きているのは、欧州の採用代理店が現地にやってきて看護師を募集していることです。もしアメリカからの資金が戻ってきても、労働者がいない状態なのです。また人材育成をしなければなりません。

ケニアにあるコミュニティーのメンバーと会話をするヘルスワーカー=ALMA提供

私たちが本当に目指しているのは、各国の医療部門の効率化です。そうすれば、マラリアをなくすことも可能だと信じています。実際、マラリアをほぼゼロまで減らした国や、昨年「マラリアのない国」になったカボベルデやエジプトのような例もあります。

マラリアは「女性たちに大きな負担」

――マラリアは特に女性や子どもにどのような影響を与えているのでしょうか。

アフリカでは、食料の多くは女性によって生産されています。女性は畑で働く労働者です。さらに、家族が病気になると、女性は看護師の役割も求められます。女性自身が病気になった場合、自分でケアしなければなりません。ひとたび家族や自分自身がマラリアになると、女性たちに大きな負担となるのです。

マラリアが流行する地域では農業生産量が低下します。これは家族の栄養状態に非常に悪影響を及ぼします。そのため、マラリア流行地域では栄養不足も蔓延しています。特に子どもの栄養不足の問題が深刻です。病気と栄養不足、二重に発生してしまうのです。

女性が妊娠中にマラリアにかかったり、子どもがマラリアにかかったりすると、子どもの脳の発達に影響を与えます。マラリアにかかった子は学校に通えず、学ぶこともできません。そのため、マラリア流行地域では、学力が非常に低いことが多いのです。教師の質が悪いのではなく、マラリアのせいなのです。

経済にも影響を与えます。例えば、アフリカには多くの鉱山がありますが、労働者の間でマラリアが流行すると、労働力が不足します。そうすると生産量が不足し、納期に遅れます。アフリカの労働者の生産性が低いのではなく、マラリアのせいなのです。そのため、私たちは企業などの民間セクターに、ALMAへの関与を呼びかけています。

――USAIDの閉鎖決定については、どのように受け止めていますか。

私たちにとって、警鐘だと思っています。

2001年、アフリカ連合(AU)加盟国は「アブジャ宣言」を採択し、国家予算の15%を保健医療分野に充てる目標に合意しました。その後、2002年に3大感染症に取り組むグローバルファンドが設立されると、グローバルファンドから資金が調達できたことから、多くの国が予算配分を後退させてしまいました。

マラリアを撲滅するためには、アメリカからの資金を含めても40%不足しています。もし各国が「予算配分15%」を実現していれば、そのギャップを埋めることができたかもしれません。私たちは今、「予算配分15%」を実現する必要があると主張しています。例えばボツワナは15%を超える資金を保健分野に投入していますが、多くの国は6~8%ほどしか充てていません。

すべての国が「15%」を実現するべきだと考えていますが、今は緊急措置として、私たちは各国に緊急基金を設置することを呼びかけています。通常、これは自然災害や緊急事態に対応するための資金ですが、USAIDの撤退に対応するため、この緊急基金を活用するよう提案しています。

しかし問題の核心は、トランプ大統領が「アメリカ第一」を掲げている点です。アメリカから流出する資金がアメリカ自身に利益をもたらさない場合、彼はそれを流出させたくないと考えています。

私たちのパートナーである国際NGO「マラリア・ノーモアUK」が、アフリカでマラリアが撲滅されることで、アフリカとの貿易が盛んになり、欧米や日本などの主要7カ国(G7)の経済成長にもつながるとする調査報告書を発表しています。もしマラリアが撲滅されたら、アフリカの生産性は向上し、中間層の購買力も向上します。G7の製品を購入する市場が拡大するのです。

最も重要なのは、私たちは「地球村(Global Village)」に暮らしているということです。誰かの行動は、すべてに影響を及ぼします。一つの国が豊かになることが、他の国が貧しくなることを意味するわけではありません。なぜなら、すべての国が豊かになれば、貿易のレベルが上昇し、その結果、すべての人の富が増加するからです。

TICAD9へ「デジタル化」「若者」に期待

――今年8月、日本では第9回アフリカ開発会議(TICAD9)が開かれます。どのような議論を期待していますか。

TICADの重点分野の一つとして、デジタル化に期待しています。私たちの「モニタリングメカニズム」などのデジタルツールでも示したように、デジタル化により保健医療分野の管理が改善されます。

例えば、出生証明書から始まる患者の記録システムがあれば、病気になった際、その情報は電子データ管理システムに自動的に記録されます。国内のどこにいても、出生証明書に基づいて自動的に記録され、番号も付与されます。これらの情報は、医師が患者を診察する際の重要な情報になります。

また、医療現場でのデジタル化にも期待しています。例えば、小さな村で看護師などが患者に検査をして高熱を伴うマラリアであると分かっても、どうすべきか分からない状況を考えてみてください。もし遠隔医療システムにアクセスできれば、看護師は医師とリモートで相談し、「この患者を診てください」と伝えることができます。医師は患者の状態を確認し、画面を見ながら「これをしてください」と指示し、そのコミュニティーの看護師に具体的な対応方法を指導することができます。この遠隔医療サービスを提供するシステムは、アフリカでも多くの国で活用されています。

ワクチン接種に有効な場合もあります。子どもを対象に、複数回の接種が必要なワクチンがありますが、母親が2回目の接種に来ないことがあります。しかし、母親のスマートフォンにデジタルツールをインストールし、接種の時期が来ると 「2回目の接種の時期です」と通知が鳴るようにすれば、子どもに2回目の接種を受けさせることができます。妊娠中の女性にも、健診の時期を知らせることができますし、子どもへの栄養補助食品の摂取を思い出させることもできます。このように、デジタル化は人々の健康の役に立ちます。

TICADのもう一つの焦点として、若い世代の協力にも期待しています。マラリア撲滅を推進するアフリカの国々では、若者との連携を強化しています。マラリアや「顧みられない熱帯病」(NTDs)への対策のため、若者と連携して教育プログラムを策定するなどしています。若い専門家、研究者、医療従事者、科学者、イノベーターなど、多様な若者と共働しています。

2024年にケニアで開催された第1回「アフリカ・マラリア&NTDsユース・コープ・フォーラム」では、アフリカ各地から若手リーダーたちが集まった=ALMA提供

――アメリカが国際協力に消極的な現在の状況下で、日本に対してはどのような行動を期待しますか。

まず第一に、日本政府はアフリカにとって非常に長い間パートナーです。その点について、私たちは非常に感謝しています。また、こうしたパートナーシップを終了させたり、今後削減する方法を模索したりするといった態度を取らない点にも感謝しています。

しかしいま、私たちとさらなるパートナーシップを結ぶよう訴えたいです。マラリアでより多くの子どもが苦しむ可能性があるからです。

アメリカ政府の撤退に対応するため、私たちの資源を最大限投入しても、伝統的なパートナーからの支援が得られない限り、そのギャップを埋めることはできません。日本政府には、いまこの状況に対応するための例外的なものとして支援をお願いしたいです。

――残念ながら、日本国内でも内向き志向が強まっているように感じています。日本の人々に国際協力やグローバルヘルスの重要性を理解してもらうために、プマフィさんはどのようなメッセージを送りますか。

非常に重要な質問です。その答えの一つは、「健康は人権である」ということです。

人権を守ることは必要不可欠なことです。しかしさらに伝えたいのは、私たちは人類の一員であるということです。

新型コロナウイルスのパンデミックを思い出せば、誰もが苦境に陥ったことがわかります。病気はお互いに作用し合う可能性があります。そのため、マラリアや他の病気の影響を受けて新たな病気が発生し、新型コロナよりも制御が困難な新たな病原体が現れる可能性もあります。

したがって、病気が発生したのがアフリカでもオーストラリアでもアイスランドであっても、それは自分たちから遠く離れた問題だと考えてはいけません。なぜなら、人々は常に移動しているからです。私たちはそれぞれに孤立した島に暮らしているわけではありません。そのため、アフリカで予防可能な病気で子どもが死亡している場合、その病気をできるだけ早く根絶することが、日本での病気を防ぐ最善の策です。

そして、もう一つの論点があります。私たちはお金に動かされている側面もある、ということです。世界経済の成長のための資源を最も奪っているのは、健康問題なのです。もし開発途上国で、病気や健康の問題を解消できれば、世界全体がもっと豊かになります。生産性が向上し、健康への投資を他の分野に回すことができます。つまり、健康への投資は人々が幸せを得ることだけでなく、富を得ることでもあると思います。

健康への投資は、あなたの富を保護する保険でもあり、同時に富を築く成長でもあります。人々が理解しにくいのは、投資の結果がすぐに見えないからではないでしょうか。