アフリカ西部のガーナは、アフリカ諸国の中でも比較的政情が安定した国といわれます。しかし、妊産婦死亡数(10万人あたり)は308人であり、日本の5人とは大きな開きがあります。また、新生児死亡数(1千人あたり)は日本0.8人に対してガーナ22.9人であり、母子保健については過酷な状況が続いています。東京科学大学大学院の博士課程に在籍し、公衆衛生・医療系の大学院生や大学生でつくる一般社団法人「Reaching Zero-Dose Children(ワクチン未接種の子どもたち)」 の代表理事でもある片桐碧海(あおみ)さんがガーナを訪れて母子保健の現状を見ました。

私は2024年1月、オープンフィランソロピー財団によるグローバルヘルス・トリップで、母子保健の状況を知るためにガーナを訪れた。総合病院から地域の保健センターまでさまざまな場所を訪れ、医療従事者たちの話を聞いた。その中でガーナの母子保健の課題について、感じたこと、考えたことを書いていきたい。

湖を渡って保健センターへ

ガーナ・イースタン州には世界最大級の人工湖である「ボルタ湖」が広がる。湖は、ガーナの水力発電に欠かせない重要なものだが、この湖はイースタン州を分断している。

イースタン州を分断するボルタ湖に浮かぶ舟=2024年1月、ガーナ・イースタン州、筆者撮影

私が訪れたのは、このボルタ湖に面したアカテン亜郡にある保健センターだ。この保健センターが管轄する地域はボルタ湖に分断されており、対岸の人たちがこのセンターで医療サービスを受けるためには、2時間余りの水路の移動が必要になる。立派な渡し船があるわけではなく、手こぎの舟や小さなモーターエンジンを付けただけのボートで湖を渡る。

ガーナでは、妊婦が妊娠週数など自身の状態を正確に把握していない。おそらく、妊産婦が定期的な健診を受けるための経済的、あるいは地理的なハードルがあるのだろう。また、医療施設側にも、高性能なエコーがないなどの医療インフラの問題もある。この村の女性たちも、自分の産み月を知らないままに過ごしており、産気づいてから湖を渡って保健センターに向かい、途中で出産をしたが赤ちゃんは亡くなってしまったという事例もあったという。

アカテン保健センターの入り口=2024年1月、ガーナ・イースタン州、筆者撮影

このようなことがないように、保健センターには「妊婦待機所」が設置された。妊婦は出産予定日の2~4週間前から入所し、出産後72時間まで滞在することができる。最大10人の利用が可能だ。

妊婦待機所を含めこの保健センターは、他の地域と比べるとかなり恵まれている。多くのセンターは建物が質素で人員も少ない。あばら屋に看護師が1人という地域もあるという。しかしこの村のセンターは、5人の看護師と助産師が常勤で所属し、近くに住んでいるため夜間の対応も可能だ。また、内部には扇風機や分娩(ぶんべん)台がある。

アカテン保健センターの分娩室=2024年1月、ガーナ・イースタン州、筆者撮影

それでも医師の常駐はない。危険なお産になった場合に帝王切開に切り替えるなどの高度な医療処置ができないのだ。救急医療体制が確立していないガーナの地方部では、救急車で近くの大きな病院に搬送するということもできない。輸血などの医療品のストックは少なく、大量出血した際には命を落とす危険もある。課題は多い。

流出する人材

続いて、アカテン亜郡の保健センターから移動し、イースタン州ファンテクワ南郡のオシノから車で15分ほどの保健センターを訪問した。

アカテン亜郡よりは大きな街の近くにあるここでは、たった1人の助産師が大活躍をしていた。彼女は「この地域の子どもの出産にはすべて自分が立ち会った」と話していた。その奮闘ぶりに驚くとともに、助産師をはじめとする医療スタッフが不足しているという現実を目の当たりにした。

村でただ1人の助産師と分娩室=2024年1月、ガーナ・イースタン州、筆者撮影

医療人材が不足する理由の一つは、国外への流出だ。ガーナは公用語が英語であり、また米国や欧州諸国へも直行便で行くことができる。奨学金などの機会を得て国外の大学や大学院に留学する若者も多い。こうした海外留学で高い専門性を身につけた人たちは、国内で医療従事者となるよりも、より豊かな生活を求めて高所得国へと移住してしまう。国内の医療従事者の賃金は必ずしも高くない。特に地方部の保健センターなど公的機関は、十分な賃金ではないのだという。

首都を離れると未舗装路も多く、車で通る際にはスピードが出せず、移動に時間がかかる=2024年1月、ガーナ・イースタン州、筆者撮影

母子手帳の広がり

翌日、ガーナ第2の都市アシャンティ州クマシ近郊の総合病院を訪問した。ここでは、国際協力機構(JICA)が支援する母子手帳が普及し、看護師や助産師が一人ひとりに合った健康指導をしている。

公立病院で母子手帳を見ながら、助産師の指導を受ける妊婦=2024年2月、ガーナ・アシャンティ州、筆者撮影

ガーナでは、医療施設での出産の割合は78%(2021年)であり、日本の99%と比べるとかなり低い。さらにこの割合は、医療インフラが整っていない北部では50%を下回るという。こうした背景から、「ワクチン接種」の仕方も日本とはかなり違う。

例えば破傷風ワクチン。ガーナでは、妊娠が分かった時点ですべての母親に破傷風ワクチンを接種する。清潔な医療施設以外での出産のリスクを低減するのだろう。また、ガーナでは赤ちゃんが生まれるとすぐに、結核を予防するBCGワクチンを接種する。これも日本とは違う。結核は新生児が感染すると重症化する恐れがあることや、大家族が多く、新生児が接する人の数が多いことから感染のリスクが高いことが関係しているのだろう。

こうしたワクチン接種の記録やそのほかの子どもの成長の記録をとどめておくのが母子手帳である。母親は子どもの大切な成長記録として保管している。手書きの母子手帳で、自分で管理することが基本だが、手帳をなくす母親はとても少ないという。日本と同様である。

受診した母親たちから集められた母子手帳。日本のものよりも大判なのが特徴的=2024年2月、ガーナ・イースタン州、筆者撮影

日本から遠く離れたガーナで母子手帳が普及しているという事実を通して、子どもの健康を願う気持ちは、どこの国でも一緒なのだということを感じた。

それでも母子手帳が災害などでなくなり、ワクチン接種などの記録が失われる可能性はある。日本の場合は子どもの健診結果やワクチンの接種記録は自治体でも保管されていることが多い。ガーナでも、こうした記録のデジタル化や集中管理が必要だろうと感じた。

貧困の責任はどこに?

ガーナでは、医療インフラが未整備であることや医療人材が圧倒的に不足しているという低中所得国の現実を見て、どうしてこのような状態になるのかを考えてみた。

医療・保健分野に十分な資金を投じることができないことが理由だが、それはその国の自助努力が足りないということなのだろうか。では低中所得国の貧困は、だれの責任なのだろうか。そこには、現在の高所得国による植民地支配や、さまざまな形態の「搾取」の歴史があったのではないだろうか。つまり、日本を含む高所得国に責任の一端はあるのだと改めて思った。

だからこそ、日本をはじめとした高所得国が継続的に低中所得国を支援する必要があり、それは援助というより、当然の責務だと思う。しかし今、その「責務」に逆風が吹いている。国際協力に多額の支援を行ってきた米国がその支援を打ち切ったことで、低中所得国の人々が命の危険にさらされているのだ。私は、このような時だからこそ、世界に誇る医療体制を持つ日本が、各国に働きかけ、低中所得国を支援する機運を高めていくというリーダーシップを発揮してほしいと期待している。

私は、幼少期を米国で過ごした経験から、社会格差と健康格差に関心を持った。健康じゃなければ働けない、でもお金がなければ病気になるーー。この矛盾を解決したいと思い、医学部に進んだ。そして公衆衛生分野の研究を通して、ワクチン未接種の子どもたちの現状に深い関心を持った。私自身は、ワクチン未接種の子どもたちの現状について日本の人たちに伝えることで、日本が国際保健にもっと貢献できるように働きかけていきたいと思う。