新たな命を生み出す妊娠と出産。世界を未来へとつなぐ営みは、しかし、女性たちの人生を左右し、時には死をもたらす。リスクの高さにもかかわらず、その時期や相手を選択する権利と自由を、女性たちはないがしろにされてきた。戦争や気候変動により人道危機にある社会では、無視されるに等しい。国連人口基金(UNFPA)によると、望まない時期や同意なしの性行為などでの「意図しない妊娠」は毎年約1億2100万件。それ故に、闇で人工妊娠中絶を受け命を落とす女性や少女も後をたたない。人道危機に直面しながら、なお家父長制の因習に縛られて生きる女性や少女の命と健康をどう守るか。突然の米国の援助停止がどう影響するか。最貧国の一つ、アフリカ南東部沖の島国マダガスカルから、地元コミュニティーと国際社会の奮闘を報告する。(文中敬称略)

独りぼっちの出産

少女はうつろな瞳で、質素なテントが林立する空き地に立っていた。マダガスカル南部アンボボンベ。昼前なのに太陽はすでに高く、彼女のやせた背中でぐったりしている赤ん坊にも容赦なく照りつける。

「4カ月前に生まれた2人目の子よ」。つぶやくような声で少女は「ハウバ」と名乗った。

2人の子をかかえるハウバのテントの内部は、昼間は耐えがたいほど暑い=2025年2月12日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

20キロ離れた村から、ハウバが年上の夫と共にアンボボンベに来たのは4年前。14歳だった。過去最悪といわれた干ばつで川が干上がり、飢饉(ききん)が広がっていた。

町はずれの空き地には、数百人の避難民が身を寄せていた。ハウバたちもそこに、拾い集めたビニールをつなぎ合わせて小さなテントを立てた。市場で拾う木炭のかけらや木切れを売って1日に500アリアリ(約15円)ほどになったが、食べられるのは週に2日ほど。キャッサバが手に入れば良い方で、何もない時は、薬効があるという木の枝と葉を煮出した「緑の液」を飲んだ。

そんな生活なのに、ハウバは2人の子を身ごもった。病院での健診など思いつかなかった。2人目が生まれる前に、夫はサファイア鉱山がある遠い町に行ってしまい、ハウバはテントの中で1人で出産した。しかし母乳が出たのは3カ月ほど。今、与えられるのは「緑の液」だけだ。

これからどうしていけばいいのか、ハウバにも分からない。空き地で木陰を見つけ、2人の子とその日をなんとか生きている。 

世界で4番目に大きな島国、マダガスカルは、日本の1.6倍の面積がある。気候変動に最も脆弱(ぜいじゃく)な国の一つだ。以前に比べて、南部ではより深刻な干ばつが起き、南東部ではより頻繁にサイクロンが上陸する。

マダガスカル、アラカミジー・アンボイマの民家=2025年2月6日、中野智明氏撮影

2020年前後、南部では過去最悪の干ばつと新型コロナの感染拡大が重なり、飢饉が広がった。国連世界食糧計画(WFP)のデビッド・ビーズリー事務局長が2021年にアンボボンベを訪れ「コミュニティー全体が餓死の危機にひんしている」と訴えた。住民は昆虫やサボテンを食べてしのぎ、何千もの人々がハウバのように食料を求めて避難民となった。公式な数字はないが、多数が死亡したと言われる。

こんな状況でも命をつなぐ営みは止まらない。そして女性だけでなく新生児にも極めて過酷だ。ナニ(32)は、干上がった川の川底を掘り、にじみ出た水を手に入れ、自宅で出産した。村の若者たちが川から村までの20キロの道を徒歩で運んだ水だ。ナニはそれで渇きを癒やし、生まれた子の体を拭いた。水も栄養も不十分だったせいか、4歳になった子は精神的に不安定だ。

移動する「気候難民」には支援の手が届きにくい。しかしハウバたちには今年3月、UNFPAから衛生用品や日用品など生活必需品が入った「ディグニティー(尊厳)キット」が届けられた。

日本が支援するモバイルクリニック

アンボボンベの町から約20キロ東のマハブカケ村。午前10時前、村はずれの広場に、100人ほどの女性が集まった。月に1度、村にやってくるモバイルクリニック(移動診療所)の受診を希望する女性たちだ。妊婦、子どもを抱いた若い女性、年配の女性。日差しは強いが、女性たちの表情はどこか明るい。「みなさん、家族計画は重要です」。ソーシャルワーカーのスールエ(49)とパニカ(40)が大声を張り上げる。

健診のためにモバイルクリニックに集まった女性たち=2025年2月10日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

「性と生殖に関する健康と権利(リプロダクティブヘルス・ライツ)」に焦点を当てたこのクリニックは、「女性と少女、生まれてくる子の命と健康を守る」ことを目的とする。保健省とUNFPAが運営し、日本政府などが資金援助して2019年、国内各地で始まった。看護師や助産師ら5、6人のチームが、超音波検査機を積んだ車で地域を巡回し、胎児のチェック、避妊相談、産前産後の健康アドバイス、性病検査、家庭内暴力や性暴力の被害に関する相談も受け付ける。1日に200人ほどの女性が集まる。

世界銀行によると、2020年のマダガスカルの妊産婦死亡率は10万人あたり392人。日本は4人だから、100倍ほど多いことになる。「死亡率を減らすためには、妊娠と出産の時期を管理する家族計画と、出産前後の医療専門家による健診が重要。でも多くの女性が保健所や病院から遠く離れた場所に住んでいるのです」。UNFPAアンボボンベ事務所のアンジェラは、モバイルクリニックの重要性を説明する。

避難民に「産前産後の健診や避妊の相談は無料だ」と説明するUNFPAアンボボンベ事務所のアンジェラ(右端)=2025年2月12日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

しかし、「性と生殖に関する健康と権利」という考え方の普及は簡単ではなかった。

マダガスカルでは、「子だくさんは富の象徴」という考えが根強い。避妊薬で女性が妊娠の時期を管理する家族計画には、「子どもは神からの授かりもの」「不妊症になるのでは」と、抵抗を感じる男性も多い。特に南部は圧倒的な男性優位社会で、民間信仰や習慣が生活に強く影響し、キリスト教徒でも複数の妻との間に子どもをつくる男性は珍しくない。

家族計画は母子の死亡率を下げ、結果的に経済にも好影響を与えるーー。これを男性に理解させるにはどうしたら良いか。

「市町村でリーダーを務める男性たちに集まってもらい、教育したのです。大きな挑戦でした」。アンボボンベの地域病院で産婦人科を統括するラライナ医師は振り返る。ラジョリナ大統領が家族計画の必要性を公言したことに加え、新型コロナや干ばつで市民生活が苦しくなったことも、家族計画への抵抗が減少するきっかけになった。

夫に隠れて健診を受ける女性も

スールエやパニカのような各地区のソーシャルワーカーたちの活躍は重要だった。10代で結婚して6人以上の子を自宅で出産し、体調不良や生活苦の女性が多いことを、彼女たちは熟知している。

「各家庭を回って話をしたのよ」。スールエは誇らしげに説明する。彼女自身、28歳から10歳までの6人の子の母だ。

モバイルクリニックに集まった女性たちに、家族計画の大切さを説明するスールエ(右端)=2025年2月9日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

妊娠の時期を自分で決め、産前産後の医療健診を受け、自分と子どもの健康を守る。病院や保健所で出産すれば、万が一の時にも安心だ。熱心な説得で、女性たちが少しずつ健診に来るようになった。家族計画を嫌う夫に「内緒で」受診を希望する女性もいる。UNFPAは女性たちが立ち寄りやすいように、市場近くにクリニックを設置するなど戦略を練った。

モバイルクリニックは、女性たちの考えも少しずつ変えている。

幼児を抱いたティリソア(38)は、次の妊娠までに5年を置きたいと、避妊の相談に来た。「出産するのは私。私の体だから私が決めたい」。当然でしょ、という口調の彼女は 、上腕の皮下に挿入し3年間有効な「避妊インプラント」を希望した。

避妊の相談をする女性=2025年2月4日、マダガスカル南東部アンドナベ、中野智明氏撮影

受診を通して、医療専門家がいる保健所や病院での出産が増加した。秘訣(ひけつ)の一つは、UNFPAが無料で渡す「ママキット」。保健所や病院での出産でもらえるバッグには、母親と新生児のための衣服、おむつ、ベビーソープ、新生児用の毛布が入っている。必需品だが手に入りにくく、女性たちに人気なのだ。

「モバイルクリニックがなかったら、死んでいたかもしれない」。サラフィン(20)は2年前に5回目の妊娠をしたが、ある日、とても体調が悪くなった。たまたま来たモバイルクリニックで受診すると切迫流産と分かり、直ちに病院に搬送された。手術を受け、20日間入院したが「全て無料で驚いた」。日本が支援しているからだと教えられ「感謝している」。日本の支援でアンボボンベの産科病院に手術室がつくられ、これまで千件の帝王切開が行われ母子を救っている。

モバイルクリニックで、超音波検査で胎児の発育をチェックしてもらう女性。この検査では、どの女性も笑顔になる=2025年2月11日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

災害に対抗する保健プロジェクト

増加する災害に対応し、新たなテクノロジーを使ったプロジェクトも始まった。マダガスカル南東部は、サイクロンが度々直撃し、洪水で道路は寸断され橋が落下する。必要な医薬品や物資は、バイクや徒歩で何時間も、時には数日をかけて運ぶしかなかった。

そこで活躍するのがドローンだ。

2023年2月、南部ベキリで、ドローンプロジェクトの開始式が行われた。出席したのは、阿部康次在マダガスカル日本大使とマダガスカル政府の保健相、UNFPA代表ら。南東部と南部にある保健所など100カ所ほどの医療施設に、避妊薬を始めとする医療品を届ける。日本は、5キロの荷物を運べる大型ドローン3機と、GPSで目的地を特定する小型4機、ドローン基地の設置と運営を資金援助した。日本にとっても、ドローンで医薬品や医療機器を運ぶ支援は初めてだったという。

日本が支援するUNFPAのドローンプロジェクトチーム=2025年2月5日、マダガスカル南東部ラノマファナ、中野智明氏撮影

「ドローンが到着した日は忘れられない」と、南東部のへき地の保健所で助産師を務めるステファニ。彼女の保健所は17の村に住む2万人ほどの女性たちの家族計画や健康を支えている。「これで避妊薬不足を心配しなくていい、とほっとした」。翌朝には、100人ほどの女性が保健所に並んだ。

22歳の女性が保健所で出産し、大出血した時にも、ドローンは命綱になった。医療品が、悪路で車では1日かかる場所に、40分で届いたのだ。

2024年4月には、上川陽子外相(当時)が日本の外相として初めてマダガスカルを訪問してモバイルクリニックなどを視察し、保健分野の支援継続に意欲を見せたという。

助産師のザイナンブは、産前産後の母子の健康について、さまざまな指導をする=2025年2月9日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

児童婚がもたらすもの 

UNFPAのアンジェラが懸念しているのはここ数年、児童婚(18歳未満の結婚)と家庭内暴力が増加していることだ。背景には、干ばつと新型コロナ感染拡大で生活が厳しくなったことがある。

南部では結婚前の習慣として、妻となる女性の家族に、夫側が牛を贈る。この牛を目当てに、親が娘に結婚を強いるケースが以前よりも増え、中には12歳の少女もいるという。

マダガスカル南部アンボボンベ郊外で開かれていた牛の市場。牛は貴重な財産だ=2025年2月15日、中野智明氏撮影

早過ぎる結婚は、少女たちの人生を大きく変える。

体が十分に発達していない時の妊娠・出産はリスクが高い。「10代後半の少女たちの最大の死因は、妊娠と出産です」。ラライナ医師は指摘する。先進国では撲滅されている「産科フィスチュラ」(出産時に産道に穴があき障害を引き起こすこと)も多い。難産で適切な医療処置が施されない時などに起きる損傷で、胎児は死亡し、母体は重い障害に苦しむ。

また、大半の少女たちは勉強を諦めざるを得なくなる。 

「少女たちの聞き取り調査で分かったのは、結婚前は大半の男性が勉強を続けるための学費を出す、と約束していたこと。たいてい実現しません」。普段は冷静なアンジェラだが、声に怒りが混じっている。少女は家庭内で立場が弱く、夫の暴力の対象になりやすい。

モバイルクリニックは、10代で母親になった少女たちの考え方も少しずつ変えているようだ。18歳のライサは、生後9カ月の息子を抱いて避妊の相談と健康チェックに来た。「以前は考えたことはなかったけれど、初めて授乳した時は感動した。母親としての責任を感じている」。子どもの父親は妊娠を知って逃げてしまったが、彼女にはもっと大切にしたいことがある。「私はまだ若い。学校に戻って勉強したいの」。まっすぐに見上げた大きな瞳に、強い意志を感じた。

「勉強も続けたい」と語るライサ=2025年2月9日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

変革を目指す若者たち

アンボボンベは、2024年も干ばつが起き、人々に飢饉の記憶をよみがえらせた。年が明けると、断続的に雨が降るようになったが、町を行き交う人々の表情は険しい。飢餓と死の日々により人々が受けた心理的な傷は、まだ癒えていない。

そんな中でも、若年結婚や妊娠をした少女たちを支援し「社会を変革したい」と活動をやめない人たちがいる。

NPO「ノフィー・アンドロイ」は、児童婚や若年妊娠などで勉強を続けることが難しい少女らを支援する目的で2013年に設立された。代表のメタは、自身が10代で出産し勉強を中断した。5年後に高校に復学し苦労して大学を卒業した。米国のボランティア組織に勤務したのをきっかけに娘と渡った米国で、「将来の女性リーダーを育て社会を変革したい」と活動を始めた。

現在は、10代の母親たち以外にも支援対象を広げ、貧困家庭の少女の学費と補習の支援、大学進学希望者への奨学金など、10歳から25歳までの700人の女性・少女たちの勉強を支援する。それをコミュニティーの70人以上の教師やソーシャルワーカーが支えている。

NPO「ノフィー・アンドロイ」で活動計画などを担当するリンドラ=2025年2月14日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

20代の男女を中心とするボランティアグループは、UNFPAが支援する。児童婚や若年妊娠、暴力の犠牲となっている少女たちを掘り起こして支援につなげ、若者に避妊や家族計画の大切さについて広める。

「姉は14歳で結婚させられ8人の子どもを産み、経済的にもとても苦労した。僕自身にもお金がなくて苦労をしているけど、姉のような悲劇をなくす社会にしたい」。20歳のルスデンは、活動に参加した動機を説明した。

UNFPAアンボボンベ事務所のアンジェラ(中央)と、若者のボランティアグループ=2025年2月12日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

「先祖が残した傷を修復する」

それにしても、キツネザルやバオバブの木など固有の動植物の宝庫で知られるマダガスカルが、自然災害による打撃と貧困の連鎖に陥っているのはなぜなのか。

固有種が多いマダガスカルには、6種類のバオバブの木がある。「バオバブ街道」と呼ばれるこの地には中国や韓国からの観光客グループでにぎわっていた=マダガスカル西部モロンダバ郊外、2025年2月20日、中野智明氏撮影

首都アンタナナリボで、国際霊長類学会会長のジョナ・ラツィンバザフィ博士に会った。

ジョナ・ラツィンバザフィ博士。彼の肖像画の切手がマダガスカルで間もなく発売される=2025年2月20日、アンタナナリボ、中野智明氏撮影

「人間がこの島に来て以来の活動が主因だ」と博士は言う。森林伐採、焼き畑、鉱山開発などで土地が荒廃し、気候変動が追い打ちをかける。今や森林は、かつての10%以下しか残っていない。国獣のキツネザルは112種類もいるが、絶滅の危機にさらされている。彼らは森がなくなれば生きていけない。

博士は「キツネザルを救うために生まれた男」と自称するほど、キツネザルを深く愛する。「人間が問題を作り出しているのなら、人間が解決を担わなければならない。先人が残した傷は、我々が修復しなければならない。次世代の子どものために」

樹上のチャイロキツネザル。地元ガイドが連れて来る観光客には警戒しない=2025年2月18日、マダガスカル西部キリンディ森林保護区、中野智明氏撮影

博士が若き研究者らを中心としたチームを立ち上げ、森の再生と保護に着手したのは約30年前。分かっていたのは「地元住民を良きパートナーにしなければならない」ことだった。

だが、訪れた東部の森林マロミザハ地域では、焼き畑で生計を立てる住民は「土地を盗みに来た」と博士たちを疑った。

「十分に食べられない人たち、教育を受けられず病院にも行く機会がない貧しい人たちに、キツネザルやカメレオンの貴重さを語っても届きません」

博士とチームは、粘り強く住民と話し合った。安定した収入になる養蜂や養鶏、魚の養殖などの生業を提案し、支援した。10年前には、森林をゾーン分けし、保護や研究のために残す特別区域と住民のための区域に分けることに成功した。

この8年は、森林火災や焼き畑、森の動物の狩猟は「ゼロ」になった。植林も85%が成功した。「マロミザハの試みを国内外で実践したい」と博士は意気込む。キツネザルを救うための挑戦は、人間を救う活動でもあるのだ。

時間は残されていない。「25年後には森は消滅する」との予測があるのだ。間に合うのか。「希望はある」と博士は言う。キツネザルの話に目を輝かせる子どもたち。献身的に働くチームの若者たちのエネルギー。「それに触れる度に、大丈夫だ、と確信するのです」

突然の米国の大きな穴

博士が今、懸念するのは、干ばつと飢饉から逃れようと南部から移動した人々だ。西部のキリンディ森林保護区には、数千人が避難しているが、「気候難民」は、支援の網からこぼれ落ち、生活のために木々を伐採してしまう。米国際開発局(USAID)が一部の人々を井戸や住居を整備した土地に移動させたが、その支援はトランプ米大統領の就任で突然、止まった。「大きな痛手」と博士はため息をつく。

干ばつで住む場所を追われ、20キロほど離れた村から避難してきた人たち=2025年2月12日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

米国の突然の援助停止表明は、気候難民への打撃にとどまらない。ただでさえ後回しにされる生殖に関わる保健分野が支援できなくなれば、女性や子どもの健康と命に影響が出る。

UNFPAによると、米国はUNFPAの48のプロジェクトに総額3億7700万ドルほどを助成してきた。妊産婦の保健のほか、ジェンダーに基づく暴力の予防と対応、レイプ治療などの緊急活動が主な対象だった。このままでは、何千もの診療所が閉鎖に追い込まれ、何百万人もの女性が危険にさらされることになる。「危機に直面した地域の妊婦は、薬も助産師も、基本的な設備さえもないまま出産を余儀なくされ、新生児の命も危険にさらされる。レイプ被害者はカウンセリングや医療を拒否され、難民キャンプへの救命医療物資の輸送もできなくなる」と、UNFPAは危機を訴えている。

人道危機に直面する国々は、より深刻だ。UNFPAマダガスカル事務所は、数百万人の女性たちに影響が出るとみており、中でも南東部の20以上のモバイルクリニックの活動に大きな支障が出ると予測している。

しかし、ウクライナ戦争や経済停滞で、各国はさらなる資金拠出には消極的だ。アフリカで存在感がある中国は、保健分野には関心がない。マダガスカル事務所は3月、日本やノルウェーなど各国にさらなる支援を呼びかけた。ンゴイ・キシンバ副所長は「前向きな回答はまだ得ていないが、各国に働き掛ける」と語った。

「米国が抜けた穴を他国が埋めることは簡単ではない。だからこそ、世界銀行など国際開発金融機関や欧州連合、フランスなど主要援助国との連携の重要性が高まっているのです」と、阿部大使は指摘する。日本は保健分野のほか、インフラ整備や教育など多岐にわたる支援をしている。「その効果が最大限に発揮されるために、マダガスカル政府が公約通りにガバナンスを一層強化すること。これが今、期待されています」と阿部大使は語る。

市民からは政府関係者の汚職への不満が漏れる。マダガスカル政府が行政運営を真剣に見直す時に来ているのは、間違いない。しかし一夜で変わるものではない。気候変動による災害がさらに深刻になる中で、国際支援がなければ、女性や少女らを守る保健事業は後回しにされ、新たな命にも危険が及ぶ。

日本が支援する産院で、生まれたばかりの孫に微笑む女性=2025年2月11日、マダガスカル南部アンボボンベ、中野智明氏撮影

「知ってほしい」。マハブカケ村で、ソーシャルワーカーのスールエが低く、強い声で切り出した。「モバイルクリニックは、母親と子どもの命と健康を支える、なくてはならないものなんです。どうか支援をやめないでください」。真剣な目で叫ぶように語る彼女と向かい合う私を、妊婦や子どもを連れた女性たちがじっと見ていた。