途上国でのワクチン輸送に、日本の中堅企業が貢献している。洋食器づくりで知られるものづくりの街、新潟県燕市に本社を置く家電メーカー「ツインバード」だ。同社独自の冷却技術を応用し、国際宇宙ステーション(ISS)でも使われている小型冷凍庫が温度管理が必要なワクチン輸送で活躍している。

感染症の拡大を防ぐために有効なワクチン。ユニセフの「世界子供白書2024」によると、1974年以来、ワクチン接種で1億5400万人の命が救われた。そのうち1億4600万人が5歳未満の子どもだった。しかし、紛争やコロナ禍の混乱、ワクチンへの正しい理解が進んでいないことなどから、特に中低所得国での接種がなかなか進まない。

加えて、ワクチンの有効性を担保するためには厳格な温度管理が求められるものがあるが、アフリカなどの途上国では不安定なエネルギー事情や物資不足などが、管理や運搬を難しくしている。

2020年から世界で猛威をふるった新型コロナウイルスのワクチンも温度管理が求められるワクチンの一つだ。外務省や国際協力機構(JICA)は2021年から、「ラスト・ワン・マイル」と呼ぶ、新型コロナワクチンを接種場所まで届ける支援を始めた。「コールドチェーン」という低温でワクチンを運ぶのに必要な設備などの支援で、日本は2023年4月までに計78カ国・地域へ総額約185億円を拠出した。

そこで採用されたのが、「ツインバード」が製造したワクチン冷凍庫だ。ワクチンを低温で保存でき、振動にも強いため、悪路でも品質を保ちつつ運搬できる。車のシガープラグから電力を供給でき、電気が通っていない地域でも使えるのが強み。東ティモールやモザンビーク、セネガル、モンゴル、パレスチナなどに無償で提供され、現在でもポリオワクチンなどの運搬に使われている。

東ティモールで、ツインバードの冷凍庫でワクチンが運搬される様子。振動にも強いため、悪路でも品質を保ちつつ運搬できる。車のシガープラグから電力を供給できる=2021年、JICA提供

洋食器のめっき加工業が原点

東京から上越新幹線で1時間40分。燕三条駅で降り、車で15分ほど走ると、田畑が広がる一帯にツインバードの本社がある。本社2階には、約300平方メートルのショールームがあり、スタイリッシュなトースターやコーヒーメーカー、扉を開かなくても中身が見える冷蔵庫など、最先端の家電が並ぶ。

ツインバードのショールームには、トースターやコーヒーメーカーなどの家電製品が並ぶ=2024年12月、新潟県燕市、筆者撮影

燕市は隣接する三条市とともに洋食器をはじめとする金属加工で全国的に有名だ。ツインバードも1951年、洋食器のめっき加工業として創業した。1980年代に家電製品の製造を始めると、結婚式の引き出物として小物家電製品が好評を得た。また、アウトドア人気の高まりで、クーラーボックスの製造を手がけるようになった。現在では、トースターやコーヒーメーカー、電子レンジなどの調理家電の売り上げが高いという。

「これからのメーカーはオンリーワン、ナンバーワンの技術を持たなくてはいけない」。30年ほど前、シャープの元副社長で液晶開発を手がけた故佐々木正氏から言われた言葉が、ワクチン輸送の冷凍庫につながる技術開発の転機になったと、3代目社長の野水重明さん(59)は話す。

ワクチン輸送の冷凍庫にはスターリング冷凍機という技術が使われている。ヘリウムガスが膨張する際の吸熱反応を利用した冷却システムで、基本原理は1816年にスコットランドのスターリング博士が発明した。しかし、スターリング冷凍機を量産化している会社は当時なかったという。佐々木氏からその技術に投資してみないかという提案を受けたことが、開発のきっかけにつながった。

「お荷物事業」、JAXAからの依頼で注目

ツインバードが当時製造していたのは、半導体を利用したペルチェ式と言われるクーラーボックスだった。軽いが冷却能力が限られていた。そこで、冷却能力が高く、コンパクトで持ち運びができるスターリング冷凍機を開発することを目指した。

量産化できない理由のひとつは、求められる部品精度の高さだ。約150の部品で構成され、核となるエンジン部分のシリンダーとピストンの隙間はわずか0.01ミリ。「自動車エンジンの10倍の精度」が求められる。

燕三条地域にある他社の工場に部品製造を依頼するなどし、2002年に量産化にこぎ着け、専用工場も建てた。25リットルの容量で零下40度ぐらいまで冷却できる製品を開発できたが、一般消費者向けの製品としては性能が高すぎた。そのうえ、1台あたり数十万円と高価で全く売れなかったという。

ツインバード本社がある燕三条地域は、金属加工業の集積地だ=同社提供

「お荷物事業」に光が当たったのは、野水社長が先代から事業を継承した2011年だった。間もなく、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からISSの日本実験棟「きぼう」で実験サンプルを保管する冷凍庫を作ってほしいとの依頼を受けた。

専従のエンジニアをつけて開発に着手し、2年ほどかけて完成させた。2台を受注しただけなので利益は出ないが、技術者は意欲的だった。「宇宙開発に関われるようなプロジェクトに参加できるのは、技術者としても夢があるわけです」と野水さんは振り返る。

「JAXAに採用してもらったら、唯一無二の技術を広めるきっかけになるかもしれない。広告宣伝費に換算すると数十億円になるのではないか」。野水さんはそう説得し、役員会の承認を得た。2013年に納品した冷凍庫は、今でもISSで使われている。

コロナ感染拡大で注目、世界基準の認証も取得

もう一つの転機が新型コロナウイルスの感染拡大だ。2020年夏、厚生労働省からコロナワクチンを運ぶ冷凍庫の製造を依頼された。一般的にワクチンはドライアイスをクーラーボックスに入れて運搬するが、短期間で多くの人にワクチン接種をするとなると、ドライアイスの絶対量が足りない。

そこで、厳格な温度管理のもとで持ち運びができるツインバードの冷凍庫に白羽の矢が立った。「故障してワクチンが無駄になったら大変だ」といった不安もあった。だが、自社工場で製造していることもあり、品質には自信があったという。

納期は翌2021年の春。生産台数をそれまでの10倍にあたる月4千台に増やし、最終的に計1万2千台を厚労省と武田薬品工業に納品した。

モザンビーク政府保険証への引き渡し式=2022年、JICA提供

「冷却に一般的に使われるドライアイスは放っておくと気化して、(地球温暖化の原因となる)二酸化炭素となる。スターリング冷凍機を使えば、環境保護にも貢献できます」と野水さん。

国内だけでなく世界でも役に立てられないか。海外でワクチンを輸送する機材として選ばれる国際入札に参加するには、世界保健機関(WHO)による医療機材品質認証(PQS=Performance,Quality and Safety)が必要だ。

シンガポールの試験機関にサンプルやデータを送ったり、書類を出したり。そこでの試験が終わると、今度はジュネーブの本部で値段などの取引条件などを調整した。足かけ3年をかけて、2024年10月にPQS取得にこぎ着けた。

「ワクチン冷凍庫・ワクチン冷蔵庫のカテゴリーでは日本初だったので、地元の皆様が特に喜んでくれました」

スターリング冷凍機は新潟県燕三条地域の金属加工技術を集結させた独自技術だ。しかし課題は、スターリング冷凍機、ワクチン冷凍庫の世界での認知度アップだ。野水さんは「メイドインジャパン、メイドイン新潟、メイドイン燕の技術は、医療運搬あるいは非常に高価な物を運ぶラスト・ワン・マイルにとても強いことを知ってほしい」と話す。