援助縮小の今こそ、「人道支援の理念に返る」 高井明子さん:後編
「地球のためにできること」に従事する方々にお話を聞くwith Planetポッドキャスト。前回に続きゲストは「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」の高井明子さんです。

「地球のためにできること」に従事する方々にお話を聞くwith Planetポッドキャスト。前回に続きゲストは「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」の高井明子さんです。
グローバルヘルスやジェンダー問題、人権問題や食料不安。世界にも、日本にも、これらの課題を解決すべく活動している人がいます。NGOをはじめとする「現場で働く人」をゲストに迎えるポッドキャスト「地球で働く!」。第39回からは「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」専務理事・事務局長、高井明子さんにお話を伺いました。内容を記事でもお伝えする、その後編です。ポッドキャスト本編はApple Podcast、Spotifyで配信しています。
「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」専務理事・事務局長の高井明子さんをゲストにお迎えしたポッドキャスト。第42回から第44回までの後編では、東日本大震災で実施した支援、主要国による援助削減がもたらす影響、現在行っている「学校保護宣言キャンペーン」について伺いました。
前編で取り上げた「子どもの権利」や「子どもの意見表明」といった点に関心を抱いた大学4年の久世実子さんは、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの活動の中で子どもの意見が尊重され、具体的な活動に反映された事例について尋ねました。
高井さんが紹介したのは、東日本大震災の被災地で実施した「子どもまちづくりクラブ」の事例です。同団体は市町村の復興支援計画の過程に、地域の子どもたちが主体的に関わることを支援しました。岩手県山田町と陸前高田市、宮城県石巻市の3地域では、小学5年から高校生までの児童・生徒が「自分たちの町の未来について語りたい」との思いを抱き、行政や地域の関係者、専門家との対話に参加。児童・生徒のアイデアを公的な施設として残すことも重視され、石巻市で実現した「子どもセンター」は現在、市の児童館として利用されているといいます。
「子どもの意見表明というと、何かを発表したり、自分の意見を主張したりすることと捉えられがちですが、子どもの権利条約の観点から言えば、少し違います。重要なのは、何かを決定する際に、子どもの意見がきちんと聞かれることなのです」
この話を受けて久世さんは、「最終的に市の施設として使ってもらうという目標の達成はもちろん、その過程で子どもたちが意見を表明すること自体が復興計画の一部になっているのだと感じた」と述べました。
「東日本大震災の支援の中で、最も忘れられない出来事は」。久世さんは高井さんにこう問いかける前に、7歳の頃に岩手県で被災した際の自身の思い出を語りました。「震災後に学校が再開された時、パンと牛乳の給食が出ました。一汁三菜の給食ではなかったのですが、提供されたのが本当にうれしかったことを覚えています」
高井さんは「パンと牛乳」というキーワードをきっかけに、災害時に実施する「補食支援」について説明しました。
「給食センターが被災して通常の給食が提供できない場合、パンと牛乳といった限定的なメニューになることがありますが、これだけでは十分な栄養をとることはできません。そこで、野菜ジュースなどの栄養補助食品をあわせて提供しています。こうした対応は、熊本地震や能登半島地震の際にも実施しました」
さらに高井さんは、補食支援が単なる食の支援ではなく「子どもが教育を受ける権利を守るための支援」だと指摘します。
「日本の学校は給食がきちんと提供できない場合、(午後の授業がなくなるなど)1日分の授業が実施できない場合があります。子どもが安心して学び続ける環境を守るため、補食支援を行うのです。食の支援の大切さを改めて実感した出来事でした」
ここでwith Planetの藤谷健シニアエディターは、話題を国際協力の現状へと移します。アメリカの国際開発局(USAID)による対外援助活動の正式な終了に加え、イギリスをはじめとする主要援助国でも援助予算の削減や停止が進み、国連職員の削減といった事態に発展しています。
こうした影響は、ラテンアメリカやアフリカ、中東を含む世界各地で活動するセーブ・ザ・チルドレンにも及んでおり、高井さんは「本来であれば配れる食料が配布できなくなるなど、活動国の中で大きな影響を受けている地域がある」と、事態の深刻さを訴えます。
「困難を多く抱える人々を最低限支えるのが、人道支援の理念であり、原点だったはず。これまで多くの支援によって、完全な平和とはいえなくとも、ある種の安定が保たれてきました。それが突然終わりを告げられた影響は計り知れません。世界の安心や安全そのものを根底から揺るがすものだと考えています」
藤谷シニアエディターは、高井さんがかつて国連機関でHIV・エイズ対策に取り組んでいたことに触れた上で、 「治療薬や予防薬があっても、それらを入手し服用できなければ、これまで積み重ねてきた取り組みが水泡に帰す可能性があるのでは」と危惧します。
この点、高井さんも強い危機感を抱いています。「(国連合同エイズ計画が「流行終結」を掲げる)2030年に向けての道筋が見え始めた矢先、こうした事態が起きてしまった。これまでさまざまな予防策が成果を上げてきましたが、支援が途絶えることで、HIV感染は再び広がっていくでしょう。 医療や保健システムへの負荷はむしろ大きくなるのではないでしょうか」と吐露しました。
内向きのナショナリズムが広がる中でも、日本は「対外援助を大幅に減らす」と明言していない、数少ない国の一つ。高井さんは「国際社会からの日本への期待は非常に大きい」と感じており、日本政府に対して支援の継続・拡充に加え、国際NGOや市民社会を通じた支援の強化を働きかけたいといいます。
これに対し、藤谷シニアエディターは「国内で国際協力に携わる人々の間で、『反・国際協力』を支持する世論が、日本でも高まる可能性を危惧する声が出ている」と言及し、そうした懸念が現実となる可能性について尋ねます。
高井さんは、「数は多くないものの『セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンは国内の問題だけに取り組めばいい』といった声が寄せられることもある」と述べた上で、こう続けます。
「確かに日本政府は途上国援助(ODA)を増やす方向で動いてはいますが、かつてのミレニアム開発目標(MDGs)の時代にG7諸国がコミットすべきだとされた『国民総所得(GNI)比0.7%』の目標に対し、日本は0.3%程度。そもそも目標に達していないことを鑑みれば、もっと拠出しなければならないはずです」
久世さんはこれまでの感想として「子どもの支援というと『貧しい子に食料を届ける』など、単発的ですぐに解決を目指す支援のイメージが強かったのですが、(子どもの権利実現のために必要な社会の変化を論理的に説明した)『セオリー・オブ・チェンジ』の考え方や、中長期的な視点から問題を見据える姿勢に感銘を受けた」と話します。
高井さんはセーブのミッション「世界中で子どもたちとの向き合い方に画期的な変化を起こし、子どもたちの生活に迅速かつ永続的な変化をもたらします」を引き合いに、「何かを配って終わりではなく、彼らを取り巻く社会を変えることが私たちの使命」だと語ります。
最後に高井さんは、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが協力を呼びかけている取り組みについて説明しました。紛争地における学校や大学への攻撃や軍事利用禁止などを規定する国際的な指針「学校保護宣言キャンペーン」です。攻撃の対象には、生徒や先生が誘拐・殺害される、子どもたちが学校で武装勢力への参加を強要されるといった事柄も含まれます。政治的な宣言であり、法的な拘束力はありません。
2015年にノルウェーとアルゼンチン政府が中心となって作られ、2025年4月の時点で世界121カ国が賛同していますが、G7の中で日本は唯一賛同していません。「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンはキャンペーンを通じて、日本政府への働きかけを行っていく」と力を込めました。
ぜひ本編を聴いて、考えて、感じたことや思ったことを私たちにシェアしてください!(続きはポッドキャスト本編で。Apple Podcast/Spotify ご感想は #地球で働く をつけてSNSで教えてください)
高井明子さん
1971年、東京都生まれ。1994年、米グリネル大学卒業後、エイズ支援のNPOで勤務しながら、東京大学大学院医学系研究科で国際地域保健学、公衆衛生などを学ぶ。2000年3月、国連人口基金ニューヨーク本部に入局し、HIV感染予防に従事する。その後、ベトナム事務所などで活動。2011年3月、東日本大震災を機にセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに入局し、国内外の「子ども支援」の道へ。2022年3月、事務局長に就任、現在に至る。