「地球の悲鳴が聞こえる」 ジャーナリストらが見た世界の現状とは
地球規模の社会課題の現状を世界各地の現場から伝えるジャーナリストや写真家たち。彼らが見た「地球のいま」を語り合うイベントが開かれました。

地球規模の社会課題の現状を世界各地の現場から伝えるジャーナリストや写真家たち。彼らが見た「地球のいま」を語り合うイベントが開かれました。
途上国が直面するグローバルな課題の解決を目指すサイト「with Planet」に寄稿する写真家やジャーナリストら4人が9月13日、同サイトが主催するトークイベントに登壇し、取材を通して見た世界の現状を語った。オンラインで参加したジャーナリストの村山祐介さんは「新型コロナ、ロシアのウクライナ侵攻、食糧難、気候変動……。世界中から地球の悲鳴が聞こえている状況だ」と訴えた。
朝日新聞東京本社読者ホールに登壇したのは、写真家の渋谷敦志さんと林典子さん、ジャーナリストの舟越美夏さん。ジャーナリストの村山祐介さんはオンラインで参加した。それぞれが関心をもつ地球全体の課題に対し取材を続けている。(当日の様子はこちらからご覧いただけます)
渋谷さんの取材テーマは、地球全体の健康を意味する「プラネタリーヘルス」だ。ロシアのウクライナ侵攻やパキスタンの大洪水、ソマリアの干ばつなど個別の危機を取材するなか、渋谷さんは「地球が病んでいる」と感じた。「各地の問題はつながっている。横断的に解決すべきだと考えたとき、この言葉に出会った」
テーマを深めようと思った矢先の2023年3月、大型サイクロン「フレディ」がアフリカ南部マラウイを襲った。人口の1割にあたる200万人が被災した大災害だ。渋谷さんが取材した南部ブランタイア市チロブウェ地区は、大規模な土石流によって集落が流され、巨大な岩と新しくできた川が残っていたという。
森を切り開いてできたチロブウェ地区に住んでいたのは、人口が急増した都市から追いやられた貧困層だ。渋谷さんは「災害は皆に平等に起きるというが、一番の被害を受けるのは社会的に弱い立場の人々だ」と痛感した。
ただ、被災者は打ちひしがれるだけではない。すべてを失ったはずの南東部パロンベ県ムチェンガ村の女性たちから、渋谷さんは凜(りん)とした強さを感じた。それは現地の言葉で「ボラ・モヨ」という感情だった。「かけがえのないものは命だけで、それ以外は重要ではない」というマラウイ人の心情に接し「世界に触れている感覚がした」(渋谷さん)。
地球規模の気候変動に対し、私たちは何ができるのか。答えの一つが、国際医療NGO「AMDA社会開発機構(アムダマインズ)」(本部・岡山市)の中米ホンジュラスでの活動にあったという。土砂災害や干ばつに見舞われながら、南東部バドアンチョ市で野菜や果物を作る家庭菜園の普及プロジェクトを実施していた。
この取り組みについて渋谷さんは「気候変動の影響は避けられないが、住民の健康は改善できる。自分がすべきことを考え、今日のパンを差し出すことを忘れていない人がいると改めて気づいた」と話す。
写真家の林典子さんが紹介したのは、妊産婦の死亡率を下げるための南米ボリビアでの取り組みだ。ベネズエラに次いで南米で2番目に妊産婦の死亡率が高いという。「人口の半分以上を占める先住民の女性は、病院を恐れて自宅で出産する。その結果、産後に適切な処置が受けられず亡くなるケースが少なくないからだ」と林さんは理由を説明する。
先住民の女性が安心・安全に病院で出産できるよう、国際NGO「世界の医療団」の協力で2008年に「異文化間分娩(ぶんべん)室」の第1号を作った。この部屋の特徴は、先住民の価値観を尊重しつつ、現代医療にもアクセスできる点だという。
西部パタカマヤ市の病院の一室にある異文化間分娩室は、一見すると自宅の寝室のようだ。温かなオレンジ色の壁に、木材のベッド。先住民の女性が「冷たく感じる」ステンレス製の白い医療器具は見当たらない。「ボリビア女性の4割が選ぶ帝王切開ではなく、立ったままや座ったままの伝統的な出産方法も認めた」(林さん)
林さんはまた「大切なのは、分娩室が一般の病院の中にあること」だと話す。緊急事態が起きた際は、隣の部屋ですぐに治療できる。医師が先住民の価値観に理解を示すまで時間がかかったというが、林さんによると、2008年から現在までの15年間で65の病院に異文化間分娩室が導入された。
ボリビアは国を挙げて取り組みを進める。保健省は2019年から、現代医学を学んだ先住民の助産師に正式な医療資格を与えている。解剖学も必須の難しい試験に現在までに105人が合格した。「ボリビアの医療システムに先住民が組み込まれた。伝統的な価値観を尊重しながらの、非常に前向きな取り組みだ」と林さんは評価する。
ジャーナリストの舟越美夏さんが取材したのは、ミャンマーで広がる違法薬物ビジネス。国軍による軍事クーデターが起きた2021年以降、薬物の製造と販売が爆発的に増えた。特に錠剤型の覚醒剤「ヤーバー」が大量に出回り、価格が暴落。社会のあらゆる層に蔓延(まんえん)しているという。
舟越さんは取材のなかで、住んでいた村を国軍に爆撃され、両親と墓地で暮らすビシュヌ君(12)と出会った。大好きだった学校が壊され、逃げてきた町では学校にも通えずにもんもんと過ごすうち、「嫌なことが忘れられる」と友人からヘロインを勧められた。「よく眠れる」から、今は毎日吸っているという。
「ビシュヌ君は『将来は仕事ができる大人になりたい』と話してくれた。その一方、帰国後に(回復支援の会の)木津川ダルクの加藤武士代表から『日本では死んでもいいと思って薬物を使う若者が増えている』と聞き、私たちの社会が直面する問題にも気づかされた」と舟越さんは取材を振り返る。
私たちは違法薬物にどう対処すべきか。舟越さんによると、世界の潮流は薬物依存者を「罰する」から「支援する」方向に向かう。北東部シャン州で薬物依存者を20年前から支援する男性は、まず依存者の話を親身に聞く。ヘロイン注射による肝炎やエイズウイルス(HIV)の感染を防ぐために清潔な注射針を配り、ヘロインの代替治療薬「メサドン」を勧める。
舟越さんは「薬物を無くすのではなく、薬物による害を効率的に減らそうとする『ハーム・リダクション(害悪の軽減)』は、欧州で主流になりつつある手法だ」と説明する。
ただ、男性は今後の活動に不安を抱く。支援を受けてきた欧州の団体から「ロシアに侵攻されているウクライナを支援し、資金が尽きた」と告げられた。舟越さんは「世界から見捨てられた場所で、最も顧みられない薬物依存者を助ける人が『これからどうしたらいいのか』と憂えていた」ともどかしい現状を明かす。
最後の報告者は、ジャーナリストの村山祐介さん。北アフリカのチュニジアから欧州を目指す移民・難民を2023年5~6月に取材した。村山さんによると、チュニジアからイタリア屈指の観光地ランペドゥーサ島を船で目指すこの経路は通称「死のルート」だ。今年に入り、このルートを使う移民が増えたという。
急増したきっかけは「チュニジアのサイード大統領が2023年2月に行った演説だ」と村山さん。サハラ以南からの非正規移民に対する反感をあおる内容に身の危険を感じた移民・難民がこぞって逃げ出した。多くは黒人だ。
彼らが命がけの脱出に使うのは従来の木造船ではない。7メートルほどの粗末な鉄板ボートだ。格安ですぐに手に入るが壊れやすく、水に浮かない鉄板ではつかまって救助を待つこともできない。村山さんが取材した2日半で1800人が救助され、5体の遺体も見つかったが、国際移住機関(IOM)の専門家は「実際に亡くなった人の数はわからない」と話したという。
ランペドゥーサ島付近の海から遺体が見つかるのは日常茶飯事だ。1日で200体が遺体収容所に運ばれた日もあった。村山さんは「島の住民の中には『腐乱した遺体が浮かぶ海で釣った魚は食べられない』と言う人もいる。1日に6体の遺体を回収した島の漁師は『海が嫌いになった』と嘆いていた」と話す。
移民・難民はなぜ命の危険を冒して国境を渡るのか。村山さんは、彼らを海へと駆り立てる要因は「複雑に絡み合っている」とみる。
「『欧州で豊かな暮らしをして家族に送金したい』と話したナイジェリア人がいた。理由を聞くと、イスラム過激派ボコ・ハラムに兄を殺されたからだという。一見すると出稼ぎに見えても、背景には治安の悪化や紛争、気候変動など様々な要因がある。本当に目を向けるべきは、移民・難民現象の奥に隠れた問題だ」
イベントの最後に、モデレーターを務めた竹下由佳・with Planet編集長が「地球規模の課題を解決するために私たちができること」を4人の登壇者に尋ねた。
村山さんは、命懸けで国境を越えなければ生きられない人が増えている現状を踏まえ「問題解決には、経済や教育、保健衛生などあらゆるSDGs(持続可能な開発目標)の分野で解決策を積み重ねる必要がある。一人ひとりができることを考えるべきだ」と訴える。
「身近なことに関心をもってほしい」と答えたのは舟越さん。「私ができるのは、世界から無視された現場を皆さんに知らせ、世界の危機は日本とも関係があると伝えることだ」と決意を新たにした。
林さんは、自身もこの問いに苦しんだ過去を明かした。イラクの難民キャンプを取材したとき、写真を撮る以外にやるべきことがあるのではと悩んだ。通訳に「あなたがここに来たのは、伝えるためだ」と諭され、立ち直った。「それぞれの立場や職業、得意分野を生かし、自分にできることを考えて」と語る。
渋谷さんの答えは「地球とのつながりを取り戻す」こと。地球上で起こった出来事はいずれ自分に返ってくるという感覚が抜けている人が多い現状に危機を感じる、と渋谷さん。「自分の世界観を地球レベルにアップデートしてほしい」と呼びかけた。