職場での男女平等、政治の世界への女性進出……。ジェンダー政策が進展するためには、政治家や官僚ばかりでなく、NPOなど民間の後押しがカギを握るのは、グローバルに共通しています。台湾も同様です。NPOの婦女新知基金会(「基金会」は、日本でいう「財団」)は、数々の女性政策実現を支援し、女性の暮らしに関する法律相談にものってきました。ジェンダーに関心のある若者が集まり育つコミュニティーでもあります。

婦女新知基金会はもともと1982年に女性の大学教授や弁護士によって女性の権利についての雑誌を出す出版社として立ち上がった。当時の台湾は戒厳令下にあり、自由にNPOを設立することができなかった。

基金会で販売しているカードには、昔の女性たちの活動の写真が使われていた=2024年3月14日、台湾・台北、秋山訓子撮影

1987年の民主化後に改めてNPOとして再始動した。役割の一つがジェンダー政策の推進だ。2001年に制定された、「性別平等工作法」は、就職や昇進などでの職場での性差別を禁止した法律で、日本の男女雇用機会均等法や女性活躍推進法に相当する。これは、婦女新知基金会が中心になって法案のドラフトを作成したが、「台湾で初めてNPOが法案のドラフトを作成したケース」(理事長を務める、洪恵芬東呉大学教授)だという。

議員に働きかけ、法整備をリード

そのほかにも、セクハラ防止法や、立法院(国会に相当)や地方議会で議席の一定割合を女性に割り当てるクオータ制導入、子どもが母の名字も受け継げるようになった民法改正(台湾は夫婦別姓)……。婦女新知基金会が後押ししたり、政治家に働きかけたりして実現した法律は多い。

議員との勉強会を開き、記者会見やSNSで世論喚起をする。「以前は議員を対象に政策の勉強会を開いても男性議員は全く来ませんでしたが、今では2割くらいが男性になりました」と、事務局長の覃玉蓉氏。

法律相談やカウンセリングで課題吸い上げ、政策提言に

NPOが民間の立場から、政策提言をする意味とは何だろう。洪理事長は「もし、婦女新知基金会がなければ台湾のジェンダー政策は別の方向にいっていたかもしれないし、進歩の速度も遅かった」という。

洪理事長(右)と覃事務局長=2024年3月14日、台湾・台北、秋山訓子撮影

洪理事長らは大学教授としてもジェンダー政策を研究し、教えているがそれだけでは足りないのだろうか。「全然足りないです。社会全体を変えるには制度をつくらないと。生徒や研究者の間だけでなく、広く世の中に訴える。それをできるのはNPOでないとできない」

婦女新知基金会はまた、創立以来女性たちにジェンダーや家庭内の様々な問題について法律相談やカウンセリングを行ってきた。こういった現場での活動から課題を拾い出し、解決のための政策提言に結びついている面もある。ホットラインの電話相談は、昨年は800件以上寄せられた。

基金会の事務所には、電話相談のポスターが貼ってあった=2024年3月14日、台湾・台北、秋山訓子撮影

もう一つ、同基金会が力を入れているのは後進の育成だ。理事長自身、学生の時に覃事務局長が講師をしていた授業をとって婦女新知基金会の活動を知り、関わっていくようになった。「下の世代を育てるのは本当に大事です」。現在は大学生のインターンが3人、長期休みになると10人くらいがインターンとして働くのだという。

活動に加わる若者の思い

若い世代はなぜ婦女新知基金会に来たいと思い、何を吸収するのだろうか。2人のインターンに聞いた。

荘荷姸さんは、政治学を学ぶ大学3年生の21歳。小さい頃からジェンダー問題に関心があったという。

「母方の祖父が亡くなった時、母が長女なのに遺産が2人の弟に全ていってしまったんです」。台湾では法律上は親が亡くなった時には子ども全員で当分に相続することになっているが、こういうことはよくあるのだと洪理事長。「母は、『悔しいけど面倒だから』とあきらめてしまって。新年のお祝いを一緒にしていたけれど、それがあってからは集まっていません」

大学生になって、どこかでインターンをしたいと「女問題」「ボランティア」でネット検索して出てきたのが婦女新知基金会だった。「サイトを見ると、若いボランティアを育てる姿勢を強く感じられて、いいなと思いました」

蔡芝媚さんは弁護士をめざして法律を学ぶ大学4年生の22歳。やはり育ってくるなかで、ジェンダーに向き合わざるを得ない出来事があった。「父母が離婚して、私は父と暮らしていたんですが、時々会っていた母にボーイフレンドが出来て、その人から性被害を受けました。小学生の時のことです。その時は何なのかわかりませんでした」。成長するに従って、「自分はなぜこんなことをされたのか」とあれこれ調べる中で、「自分だけではなくて、実は多くの人がこういった目にあっているということがわかったんです。なぜだろう。その答えを探したいと思うなかで、この団体に出会いました」

婦女新知基金会のインターンの2人、荘さん(右)と蔡さん=2024年3月14日、台湾・台北、秋山訓子撮影

インターンとして、2人は同会の制作するポッドキャスト番組の宣伝や各種調査、読書会などを行っている。ここに来て何が良かったかをたずねた。

「一番良かったのは、自分が悩んでいたジェンダーに関する問題が実は結構みんなも共通した経験があって、共有できたことです。そして議論したり学んだりするなかで、自分の個人的な経験も、政治や社会の構造的な問題とつながっているんだとわかったことです」と蔡さん。

荘さんは「多くの女性の当事者について知る機会があって、とても多くのことを考えさせられます」。周囲の学生は企業でインターンをする人が多く、NPOを選ぶ人は非常に少ないという。

「ジェンダー問題は社会や政治の構造問題」活動通じて実感

そして2人とも、大学でジェンダー問題について論争をしたことがあった。

テーマも共通で、生理休暇と兵役義務。「男性から生理休暇や男性のみの兵役制度について、逆差別で、自分たちも休みたいし、女性も兵役につくべきだと言われました」(荘さん)。2人とも、日常生活の中でジェンダー問題について実感して葛藤し、NPOで活動する中でそれが社会や政治の構造問題だと気づいた。社会に出ても、NPOの活動は続けたいという。

婦女新知基金会の年間予算は800万台湾ドル(約3800万円)で、9割は寄付だ。民が民の活動を支え、社会を変える活動を後押ししている。