食べ方が地球を変える? 食事を通して考える「フードシステム」
毎日の食事について、健康だけでなく、環境、経済、政治、社会とのつながりまで考えるフードシステム。あなたの「食べ方」が地球を変えるかもしれません。

毎日の食事について、健康だけでなく、環境、経済、政治、社会とのつながりまで考えるフードシステム。あなたの「食べ方」が地球を変えるかもしれません。
「私たちの健康を支える毎日の食事が、地球環境や社会、経済などに多大な負担をかけている」と、言われたら、あなたはどう思うだろうか。しかし、「食材や食事が生み出される仕組みを知ることで、その負担を軽くできる」と言われたら、その仕組みを知りたいと思うだろうか。自然と調和した食の実践に取り組む管理栄養士の手島祐子さんが解説する。
毎日の食事を通じて、私たちは健康、地球環境、経済、政治、そして社会とつながっています。私は、管理栄養士として食事と健康のつながりを考えるだけでなく、社会活動の様々な面から見た「フードシステム」を通じて、自分たちが地球のために、私たち自身のために何ができるのか、そのヒントやきっかけづくりなど、コミュニティーでの活動を仲間とともに実践しています。今回はフードシステムとそれぞれの分野のつながりについてお話ししたいと思います。
「フードシステム」とは何なのか。ロンドン大学シティー校のフードポリシー・センターが作成したフードシステムを表す概念図があります=下図。この図は食料の生産過程を中心に五つの分野である「健康、環境、経済、政治、社会」が相互に複雑に連携していることを示しています。これは、ある分野だけでの最適解である取り組みは、他分野にはマイナスの影響を及ぼす可能性があり、持続可能な食事を実践するには、それぞれの分野への影響も考慮する必要がある、ということを示しています。
私が以前寄稿した「プラネタリーヘルスダイエット」の実践にも、このフードシステムの考え方が深くかかわっています。一つひとつの分野について、説明します。
まず、健康分野です。
この分野について考えるとき、私たちは栄養摂取だけでなく、身体的、精神的、そして社会的な側面も総合的に考える必要があります。食事は単なる栄養源にとどまらず、私たちの生活を豊かにし、人間関係を深める重要な役割を果たします。
忙しい現代社会では、食事の時間が犠牲になりがちで、「孤食」や「個食」が増え、手軽に栄養だけを摂取する食事も増えていますが、そのような食事では精神的、社会的には満たされません。家族や友人との食事を通じて心の安らぎを感じ、食事に集中し、ゆっくりと味わうことで心が落ち着き、ストレスも解消され、心と体をリフレッシュさせることが健康にとって不可欠です。
次に環境分野についてです。
食料生産を担う農業は、あまり理解されていないことですが、地球温暖化を引き起こす側面もあり、同時にその影響を受ける側でもあります。農業は、温室効果ガスの主要排出源であるだけでなく、土壌劣化や水質汚染、生物多様性の損失に繋がるなど地球に大きな負荷をかけているという側面があるのです。
しかし実は、農業はその方法次第では地球温暖化の「解決策」を提供できるという、多様な側面を持つ社会活動です。
慣行農業で使用される化学農薬や化学肥料は、それを作る過程でも、使用する過程でも温室効果ガスを発生させています。有機栽培や不耕起栽培(土壌を耕さずに自然の生態系を保全しながら作物を育てる再生型農業の一つ)など環境に配慮した栽培方法で生産した農作物や、フードマイレージ(食料の量×輸送距離)を意識し、なるべく地産地消の食材を選ぶことで、私たちは日々の食事を通して再生可能な地球づくりに貢献することができるのです。
私たちは毎日の食事で、経済活動に参加していることを意識する必要があります。食品産業は巨大な産業であり、その影響は広範囲にわたります。収益性だけを過度に重視し、健康や安全を意識せずに生産された食品は、私たちの健康にも地球環境にも影響を与えかねません。
確かに、環境に配慮した野菜がどれほど健康や環境に良いと言われても、その価格が高すぎると、多くの消費者には手の届かない存在となります。そして、消費者が購入できないと、生産者の生計が脅かされ、持続可能な農業の実現が阻まれることになります。欧州連合(EU)が持続可能なフードシステムを目指して掲げる「Farm to Fork (農場から食卓まで)戦略」は、限られた人しか環境に良い行動を取れない現状を問題視しています。
農業者や善意の消費者だけで良いものを流通させるのではなく、フードシステム全体で環境に優しいものを消費しやすい社会を築くことを目指しています。これは、つまり社会全体を持続可能な仕組みに変える「公正な移行(Just Transition)」でもあります。
食の分野においても、循環型経済(サーキュラーエコノミー)や、地域内循環型経済が注目されています。これらの取り組みは、資源の効率的な活用を通じて経済の持続可能性を高めることを目指しています。
オランダでは、サーキュラーエコノミーの実験区「De Ceuvel」が設けられ、生産から廃棄物の処理まで環境への負荷を最小限に抑える取り組みが進められています。私たちの食事が経済活動の中でどのように循環するかを意識し、健康的で持続可能な選択をとることが、持続可能な未来を築くための重要なステップです。
次に政治分野です。
政治も私たちの食事に非常に大きな影響を与えています。まず、農業政策と健康政策の方向性が一致していないことにより、フードシステムをいびつな形にしてしまっています。日本の農業政策は、長年食料自給率の向上を目指してきました。一方で健康政策では私たちの健康を支える栄養バランスのとれた食事を取ることが推奨されていますが、それらの食材の多く(家畜の飼料を含む)を輸入に頼っており、持続可能な食事の実現が難しくなっています。
現在、世界では農業分野と健康分野の政策の方向性を一致させる取り組みが進められており、食生活指針やフードラベルの規制、良質な食材や食事の公共調達などを通じて、一貫した農業・健康政策に基づく生産と消費を加速させる動きが出ています。
最後に、社会分野について考えます。
私たちの食事は社会を構成する要素でもあります。いくら環境や健康に良い食生活をしたいと思っても、政策が整備されていても、それを日常生活で実践することができなければ意味がありません。日本においても、ファーマーズマーケット、地域支援型農業(Community Supported Agriculture、CSA)、量り売り、コミュニティー食堂、学校菜園など様々な取り組みが実施されています。これらの取り組みは、日常における実践を容易にするだけではなく、コミュニティーでの人との関わりを通して、食事をより豊かにすることができます。
海外では、世界大都市気候先導グループ(C40)が、世界の50以上のメンバー都市と直接協力し、食料政策、公共調達、学校給食プログラムの改善を推進しています。地域住民が健康と地球環境に良い食事を簡単に食べられるようにすることが目的です。
一方で、社会分野では、食品産業で働く人々の過剰労働や低賃金、人権侵害、ジェンダーの課題といった私たちが向き合うべき深刻な問題も存在します。さらに、食事はただの栄養源ではなく、文化やアイデンティティーを形成するものでもあります。
前回寄稿した「イート・ランセット委員会」が提示したプラネタリーヘルスダイエットは、世界で最も引用された論文となるなど、現在においても大変注目されています。ただ、称賛する声もある一方、様々な批判もありました。例えば、プラネタリーヘルスダイエットは金銭的に余裕のある人だけが実践できる食事であったり、文化や地域性を反映した食事ではなかったりするという指摘です。
そこでイート・ランセット委員会は、現在のプラネタリーヘルスダイエットをみんながより実践できるように、「プラネタリーヘルスダイエット2.0」を提示するための研究を進めています。
この過程では様々なステークホルダーを呼んで議論するワークショップが実施され、私もこれに参加して関係者と議論しました。次のプラネタリーヘルスダイエット2.0では、地域性の考慮や持続可能なブルーフード(淡水域と海水域で採取される動物、植物、藻類を指す言葉)の活用、そしてフードジャスティス(食の正義)にも焦点を当てて取り組むことが決まっています。
私が大好きな米国の料理家アリス・ウォータースさんは「食べ方を変えれば、人の価値観、そして社会が変わります」と言っています。
フードシステムを通して食事を見つめ直すと、私たちの食事はさまざまな分野とつながり、ひいては地球の健康と結びついていることがわかります。私たちが口にするものはすべて地球の恵みから成り立っており、私たちの健康も地球の健康も共に守り高めることが必要です。そのために、自然環境との調和と均衡を保ちながら、循環を意識した食生活を送ることが、私たちの未来をより良くする一歩になると実感しています。
様々な関係者から学び、現状を理解し、その学びを行動に移して広げていく。みんなで食事から良い循環を生み出していきたいと思っています。
完璧でなくても構いません。大切なのは、少しずつでも私たち全員が同じ方向に向かって取り組むことです。「1人の100歩より、100人が1歩」という言葉の通り、みんなで取り組む方が取り組みやすく、楽しく、力強く、持続可能です。できることから少しずつ良い選択を積み重ねていきましょう。