「デング熱」とは? 気温上がれば日本でも感染拡大? 専門家に聞く
世界で感染が広がるデング熱。なぜ増えているのか、日本で暮らす私たちも感染するのかを長崎大学感染症研究出島特区の森田公一特区長に聞きました。

世界で感染が広がるデング熱。なぜ増えているのか、日本で暮らす私たちも感染するのかを長崎大学感染症研究出島特区の森田公一特区長に聞きました。
デング熱の感染者が世界的に増えています。デング熱をはじめとする感染症研究の専門家、長崎大学感染症研究出島特区の森田公一特区長(同大名誉教授)に、デング熱の現状と課題、そして対策について聞きました。
――デング熱とはどのような病気なのでしょうか。
デング熱はデングウイルスによって引き起こされる感染症です。主にネッタイシマカとヒトスジシマカという2種類の蚊によって媒介されます。とくにネッタイシマカは熱帯地域に広く分布していて、人の血を好むため、都市部での流行の主な原因となっています。
症状は、高熱や頭痛、筋肉痛、皮膚の発疹などで、インフルエンザに似ています。多くの感染者は無症状あるいは軽症で済みますが、一部の患者では重症化し、命に関わることもあります。再感染するとさらに重症化しやすくなるという特徴もあります。デング熱は、1回目よりも2回目以降の感染の方が、危険性が増すとされています。
デング熱は世界で毎年およそ4億人が感染し、そのうち約1億人が発症するという大規模な感染症で、公衆衛生上の重要課題とされています。無症状で感染が進行するケースも多く、蚊を介して他の人に感染させるため、感染拡大の抑制が難しいのです。大半の感染者にとっては、放っておいても治る病気なのですが、(感染者の)母数が大きいため、致死率が低くても、死者がかなりの数になってしまうのです。
――なぜ2回目以降の感染が重篤化につながるのですか。
理由として、ウイルスの特徴が挙げられます。デングウイルスは、1型から4型までの四つの異なる血清型があり、それぞれ異なる特徴を持っています。そのため一度感染しても他の型に対する免疫はできません。1回目の感染で作られた抗体が、2回目の感染時にウイルスを中和せずに細胞への侵入を助けてしまう「抗体依存性感染増強」という現象が関係していると考えられています。
重症化すると、まず血管の中の血漿(けっしょう)成分が急速に血管の外に出ていきます。血漿漏出という症状です。そうすると、一義的にまず血液の量が減ってショックを起こし、死に至ることがあります。また血液が濃縮され、血管の中で血液が固まる血液凝固が起きます。すると、血小板などの血液凝固成分が消費され尽くして、ちょっとした出血も止まらなくなってしまいます。かつてデング出血熱と呼ばれていたのはこうした症状からです。
――現在、デング熱に対する治療法はあるのでしょうか。
現在の治療は対症療法が中心です。重症化した場合、血液の濃度を薄めるために輸液を行い、ショック状態を回避します。この治療法は1960年代に確立され、当時20%ほどだった死亡率が1%以下にまで減少しました。治療薬などの開発は進んでいますが、まだ広く利用できるものではありません。
――新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックはデング熱の流行に影響を与えましたか。
パンデミック中は、移動制限や外出制限により、多くの地域でデング熱の感染が一時的に減少しましたが、行動制限が緩和されるとリバウンド現象が発生し、再び感染者数が増加しています。さらに、人の移動が増えることで、これまで存在しなかった地域に新しい血清型のデングウイルスが持ち込まれるリスクが生じ、地域によって異なる血清型のデングウイルスの流入が懸念されています。
――世界的に感染が増えている理由にはどのようなことが考えられますか。
デング熱の感染拡大には、気候変動と都市化が密接に関与しています。地球温暖化により、ネッタイシマカやヒトスジシマカの生息範囲が拡大しており、新たな地域でもデング熱の流行リスクが増加しています。ネパールではかつては感染が発生しなかった高地での流行が確認され、気候変動による影響が蚊の生息環境に変化をもたらしていることが見て取れます。
日本国内でも輸入症例の増加に伴い、日本に生息しているヒトスジシマカが媒介するデング熱が報告されています。東京では2014年に代々木公園を中心とした流行が発生し、国内でのデング熱への注目度が高まりました。最近はインバウンドの増加や再開した海外出張で、感染者が持ち込んだウイルスによると思われる国内感染も発生しているようです。
ただ日本で主に生息するヒトスジシマカは、ネッタイシマカに比べてウイルス伝播(でんぱ)能力が低いため、大規模な流行には至っていません。ネッタイシマカは現在日本での定着が確認されていませんが、専門家の間では、平均気温が2度上昇すれば、ネッタイシマカが日本南部でも生息可能になるという見方もあります。実際、沖縄では戦前にネッタイシマカの生息が確認されていました。ですので、(世界の流行が)対岸の火事とは決して言えないと思います。
――ワクチン開発の現状はどうなっていますか。
現在、複数のワクチンが開発・実用化段階にあります。サノフィ・パスツール社のワクチンが最初に実用化され、ブラジルやフィリピンで大規模接種が始まりました。しかしフィリピンでは接種後にデングウイルスに自然感染した子どもが重症化して亡くなる事例が複数あり、現在は、使用が制限されています。先ほど述べた2回感染時に重症化する現象との関連があるかもしれません。
現在は武田薬品工業のワクチンが有望視されており、世界保健機関(WHO)や一部の国で条件付き承認を受けています。いまのところ有効だと証明されているのがデング熱ウイルスの1型と2型で、3型、4型については承認後有効性調査が必要とされています。