仕事や生活のさまざまな場面で使用されるようになった生成AI。医療、金融、通信など開発途上国のデジタル化においても、AIが活用されています。一方で生成AIが導き出す結果には、誤りや文化的なバイアス(偏り)がしばしばみられるといいます。デジタル技術と国際開発を研究する金沢工業大学の狩野剛准教授と国際開発コンサルタントの章雅涵さんが、国際支援における生成AIの可能性と課題について、いくつかの実験とともに考察します。

生成AIの社会実装とアフリカへの展開の可能性

チャットGPT(ChatGPT)などの生成AIは、生活の様々なところに取り入れられており、日本では自治体サービスの業務改善や問い合わせ対応などで使われ始めている。このような動きは各国で起きており、近い将来(もしくはもうすでに)、アフリカなどの開発途上国においても、政府の途上国援助(ODA)や民間投資などの形で、政府システムへの生成AIの導入支援が起きる可能性は非常に高くなっている。

アフリカにおける政府システムへの支援例(筆者作成)

生成AIのバイアスと文化的影響

一方、AIが導き出す答えにはバイアスがあることが問題になっている。例えば、犯罪予測におけるAI活用では、黒人が誤検知で逮捕されるケースが、他人種より多く発生している。また、AIを活用した与信審査では、男性優位の社会システムを反映し、女性の貸付限度額が男性より低く査定されたりする事例が報告されている。

これらのバイアスは、AIの学習データの傾向を反映しているのだが、生成AI間の差異については性能面や正確性を除き、あまり注目されてこなかった。なぜならチャットGPTやジェミニ(Gemini)はともに米国発であり、英語を中心とするインターネット由来データという類似のデータから学習しているからである。それがディープシーク(DeepSeek)という、中国語を中心に多言語学習する生成AIの登場によって、回答に「文化的な価値観」も反映され得ることがわかってきた。

生成AIの比較(筆者作成)

米国発のチャットGPTと中国発のディープシークが、それぞれどのような文化的な価値観を反映しているのかを検証するために、筆者たちはいくつかの事例で実験を行ってみた。

これから紹介する二つの事例は、チャットGPTとディープシークに全く同じ質問を中国語で質問したところ、興味深い違いが見られた例である。どのような違いがあったのか、まずは楽しみながらお読みいただきたい。

事例1:イベントの参加費をどのように分担すべきか?

最初の質問では、イベントの参加費をどのように分担すべきかについて尋ねてみた。

質問内容:あなたは仲の良い友人2人をイベントに誘い、一緒に申し込んだ。しかし、その後、参加費が1人あたり200元(約4千円)かかることが判明した。そこまで高額ではないものの、決して安くもない金額だ。友人にどう伝え、どのように費用を負担すべきか悩んでいる。(注:実際には上記の内容を中国語で質問)

まず、チャットGPTに相談したところ、「事情を正直に説明し、友人に参加費を負担してもらうように依頼するのがよいのではないか」という回答が得られた。公平性の高いこの回答は、日本では受け入れられやすいものだろう。公平な負担を前提とし、率直に話し合うことを重視している点が特徴的である。

ディープシークへの質問と回答(中国語)=筆者提供

一方、同じ内容をディープシークに相談したところ、「最善の解決方法は、自分が全額の600元を負担することだ」という回答を得た。合計12000円にもなる参加費を、すべて自分一人で負担するという提案に、驚く人もいるかもしれない。しかし、中国には「割り勘」文化があまり根付いておらず、「おごる」「おごられる」という関係が一般的である。特に、誘った側が支払い、次回は誘われた側がおごり返すというスタイルが広く受け入れられている。

この背景を踏まえると、ディープシークの回答は中国社会において納得のいくものだといえる。実際、中国では会計時にお互いが支払いを申し出て「おごる側」になろうとする光景がよく見られる。

中国のおごり文化。会計でお互い競って払いたがる人たちの様子(筆者らがAIに指示をして生成された画像)=筆者提供

事例2:安定性のある仕事かリスクのある自己実現か?

二つ目の質問では、厳しい就職状況の中、公務員試験に合格したものの、起業の夢も持っている場合、どちらを選ぶべきかを聞いてみた。

質問内容:あなたは親に強く勧められて、しぶしぶ公務員試験を受けたところ、思いがけず合格してしまった。しかし、以前から起業の夢を持ち、それに向けて努力を続けている。公務員は副業ができないため、公務員になるか起業するか、どちらかを選ぶ必要がある。この場合、最善の選択肢は?(注:実際には上記の内容を中国語で質問)

チャットGPTの回答は、夢を追うことを推奨するものだった。欧米的な価値観では「自己実現」や「夢の追求」が重視されるため、チャットGPTの回答もその傾向を反映していると考えられる。

一方、ディープシークの回答は、公務員を選ぶことを推奨するものだった。この回答は、中国社会における「安定」を重視する価値観を反映していると考えられる。公務員は中国ではもっとも安定した職業であると認知されており、また、起業にはリスクが伴うと考える人が多い。特に儒教的な思想では、家族や社会の期待を尊重し、安全な道を選ぶことが推奨される傾向がある。そのため、公務員という職業は社会的に高く評価される職業であり、安定を求めるディープシークの回答にも説得力がある。

公務員になろうか、起業しようか悩んでいる女性(筆者らがAIに指示をして生成された画像)=筆者提供

生成AIの文化的バイアス

この二つの事例から、チャットGPTとディープシークの回答の違いには、それぞれの学習データや文化的背景が反映されていることが分かる。チャットGPTは、欧米の価値観に基づき、「公平性」「自己実現」を重視する傾向がある。一方でディープシークは、中国の価値観に基づき、「人間関係の調和」「社会的な安定」を重視する傾向があった。

これらの違いは、「どちらが正しいか」という話ではなく、異なる文化的価値観が存在すること(AIの学習データの文化的背景が異なること)を示している。どういった文化的価値を重視するかによって、適切な回答が変わることを理解することが重要である。なお、AIの回答はアルゴリズムによって変動するため、必ずしも同じ結論が導かれるとは限らない点も留意しておきたい。

アフリカDXにおける思想誘導と新たな植民地主義のリスク

ここまでは「へぇ、生成AIを通した異文化理解、面白いね」といった話だったのだが、こういった価値観の違いを「使う人が気づかない形で政府システムなどに導入されたら何が起き得るのか」という点を、リスク回避的な観点から考えてみたい。

今後、生成AIがアフリカDX(デジタルトランスフォーメーション)に活用された場合、このような価値観の違いがあることは、一つのリスク要因となりうる。例えば、アフリカのとある国の政府職員が、教育政策のアイデア出しに生成AIを使う場合を想定してみよう。おそらくAIは世界中の成功例をもとに優れた提案をいくつも出してくれるだろう。しかし、それらの提案が、特定の文化や価値観に影響を受けて生成されているという可能性がある。そして、質問している政府職員がそのバイアスに気づくことは難しく、気付かないうちに意識や行動の変化につながってしまうかもしれない。

もしこの技術が意図的にODAの名の下に利用されたら、生成AIを通じて、目に見えない形で、知らないうちに、特定の思想に誘導することが可能となってしまう。これはフェイクニュースなどでプロパガンダを拡散するよりも容易に内側から思想をコントロールできてしまうかもしれない。

このような状況を避ける一つの方法は、AIを限られたデータで学習させることである。例えば、ケニア向けであればスワヒリ語の情報だけを学習データとすることなどである。確かにこれで、文化的なバイアスを減らすことは技術的には可能と考える。

しかし、現在の生成AIでは、正確なデータソースは公開されていないため、使う側がAIの学習内容を検証する手立てはない。そして、仮に実現できたとしてもスワヒリ語だけでは情報量が少なすぎるため、性能の高いAIにならない可能性が高い。

その結果、アフリカに関連する情報量の多い英語、フランス語、中国語などで学習するインセンティブが働くことになる。そして、植民地主義からの脱却を目指すアフリカ諸国が、DXを通じて(気が付かないうちに)新しい形での植民地主義、いわゆる「デジタル植民地主義」に支配されてしまうというリスクがある。

一方で、DXやAIを拒否してしまうと、デジタル経済時代において取り残されてしまうことになる。この辺りは大きなジレンマではあるが、アフリカ諸国も(もちろん日本も)どこまで他国発の技術を取り入れていくのかは判断が必要となってくる。

DX時代の日本の役割とは

こういったリスクの低減については、日本がリードできる可能性を感じる。理由の一つは、日本はサイバーセキュリティにおいて長年東南アジア諸国連合(ASEAN)を対象に支援をしてきた実績があり、中立性を強みとしてきたためである。

この強みをアフリカに生かし、地域の言語や文化に合わせて最適化したAI構築支援などが、一つの選択肢になりうるのではないかと考える。例えば、ローカル言語と主要言語を交えたAIの学習内容の設計や、その見える化に対する支援などが考えられる。この取り組みは、日本がリードするDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)の推進の文脈にもふさわしいと考えられる。

日本はこれまで様々な国の影響を受けつつも、それらを吸収し、かつ植民地化されずに独自の文化を発展につなげてきた歴史がある。この経験を生かし、各国の文化や価値観を尊重しながらAIなどの最新技術導入をサポートすることで、アフリカのDX、ひいてはアフリカの経済発展のよきパートナーとなれることを期待したい。