世界保健機関(WHO)が指定する顧みられない熱帯病(NTDs)の一つであるシャーガス病。昆虫が媒介し、患者の9割以上が中南米に集中する病気です。ただ、人々の移動や気候変動などでその感染は拡大傾向にあると言われます。中南米以外だと米国に次いで感染者数が多いと言われるスペインを拠点に、シャーガス病の問題に取り組むバルセロナ・グローバルヘルス研究所のイレネ・ロサダ・ガルバンさんに話を聞きました。

NTDsの一つシャーガス病って?

――シャーガス病とはそもそもどのような病気なのでしょうか。

これは顧みられない感染症であり、その原因となるのはクルーズトリパノソーマと呼ばれる原生生物の寄生虫です。1909年にマラリアの研究をしていた医師カルロス・シャーガスによってブラジルで発見されました。

主な感染経路は、ゴキブリに似た昆虫である「サシガメ」の媒介によるものです。この夜行性の昆虫は、人が眠っている間に血を吸います。吸血後、寄生虫を含む糞(ふん)を排泄(はいせつ)します。血を吸われた人がその箇所をかきむしると、小さな傷口から寄生虫が体内に侵入し、感染します。

大きな感染経路である「サシガメ」©ISGlobalAndalu Vilasanjuan

急性期には、感染しても症状が出ないか、症状が出ても通常は軽度で、インフルエンザと間違われることがよくあります。そのため、その時点ではシャーガス病という診断が下されません。

急性期を過ぎると、感染は慢性期へと進行します。感染者の約30〜40%が心臓または消化管、あるいはその両方に症状が出ます。

心臓に症状が出ると、生命を脅かす可能性があり、若年層でも慢性心不全を発症することがあります。脈拍が極端に遅くなることもあり、その場合はペースメーカーで治療できますが、遠隔地に住む患者にとっては、医療へのアクセスが悪く、治療を受けられない可能性がある、という問題もあります。

消化器官の障害については、この病気は主に大腸と食道に影響を与え、正常に機能しなくなります。食べ物をのみ込むのが困難になったり、ひどい便秘に悩まされたりすることもあります。これらの問題はすべて、生活の質を著しく低下させます。

バルセロナ・グローバルヘルス研究所のイレネ・ロサダ・ガルバンさん=2025年3月7日、マドリード、筆者撮影

――昆虫による媒介以外にも感染経路はあるのでしょうか?

媒介とは無関係の感染経路もあります。妊娠している母親が感染していた場合、生まれてくる子どもへの母子感染の確率は平均5%です。急性期には通常無症状であるため、子どもが感染しているかどうかを判断するのは難しく、この状態を判断するには長期間に複数の検査をする必要があります。

それ以外にも、輸血または血液製剤による感染があります。これらの感染経路はすべて、流行地域(カリブ海諸島を除く中南米)でも非流行地域でも同様に見られるものです。

スペインの研究機関がシャーガス病に取り組むわけ

――スペインの研究機関が、NTDsの中でもシャーガス病に取り組む理由を教えて下さい。

最も感染者が多い中南米諸国以外では、地理的に中南米に近い米国で数十万人がこの寄生虫(クルーズトリパノソーマ)に感染しています。米国に次いで感染者数が多いのが、スペインです。

これは2000年代初頭の人口移動と関係しています。そのころ、バルセロナで、ボリビア出身の移民にシャーガス病の症例が確認されました。他にも、中南米からの移住者で、重度の心臓病で病院に運ばれてくるケースが多くありました。中には、本来なら心臓病が珍しい30代の若い患者もいました。それがきっかけでシャーガス病の研究を始めました。

シャーガス病の感染率が最も高いのは、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチンにまたがるエル・チャコと呼ばれる地域。クルーズトリパノソーマへの感染率が30〜40%に達するといわれる「ホットスポット」です。この地域出身の移民は、感染している可能性が高くなります。この状況に対応するため、バルセロナ・グローバルヘルス研究所では2000年代初頭からシャーガス病の問題に取り組んできました。

予防、診断、治療に必要なこと

――シャーガス病に向き合うためには、どのような取り組みが重要なのでしょうか。

非流行地域では、患者の治療や研究に加えて、検査も重要です。中南米における主な感染媒介である「サシガメ」はスペインには存在しないため、媒介による感染は起こりません。しかし、母子感染は依然として発生しています。

そのため、スペインでは感染地域から来た女性全員に検査を実施しています。これにより感染の有無が判明し、その子どもたちも検査することができます。最終的には母子感染を防ぐことができるでしょう。母子感染の場合、子どもが感染していることが判明しても、1歳になる前に早期治療を受ければ治癒することが分かっています。そうすれば寄生虫を完全に排除でき、その子どもはその後ずっと健康に暮らせるのです。

感染地域である南米でも研究が進められています。

ボリビアでは、高度な専門性を持つ診断・治療センターが設立されました。このセンターには、心臓の異常を調べるための設備とスタッフを置いています。また、微生物学的診断や基本的な健康診断を行い、臓器障害の有無を調べます。プライマリーケアの拡大にも取り組んでいます。最近では、パラグアイでも同様の取り組みを始めました。

また、住居の改善も、媒介昆虫による感染症対策の重要な要素です。「サシガメ」は、木材や土壁の割れ目などに生息しています。土や木で隙間のある家だと、そこに隠れて夜になると動き出し、ベッドに入ってくることがあります。コンクリートの壁だと隠れる隙間がないので、リスクが軽減されます。

「サシガメ」の隠れる木材や土壁の割れ目に殺虫剤を散布することも感染予防に有効だ=ボリビア南部、©ISGlobal Ana Ferreira

日本との協力

日本にも日系人を中心に、南米出身者のコミュニティーがある。シャーガス病をめぐり、日本の企業や研究機関との協力事例があるのだろうか。研究所のフリオ・アロンソ・パリジャさんに尋ねたところ、日本とはさまざまな分野で協力をしているという。

例えば、診断。感染の有無を調べるには主に二つの方法があり、主に検出する感染の段階に関連している。慢性期の感染の有無を調べるには、血液中の抗体を調べる血清学的検査が最も有効であり、急性期の場合は、顕微鏡検査を用いて寄生虫そのものを検出する方法が望ましいという。

急性期の検査は、母子感染が疑われる新生児の検査に有効だ。ただ、高額な医療設備と高度な訓練を受けた人材がいなければできない検査だ。そこで、必要な専門研究施設がない場所でも感染の有無を調べられる、日本の栄研化学株式会社が開発した検査方法の普及に協力しているという。

アロンソさんは、「どの地域でも使える診断技術を確立することは、治療へのアクセスを向上させるという意味で非常に重要だ」と語る。この技術協力は、日本のグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund)が支援している。

アロンソさんによると、このほかにも、長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究センターの平山謙二教授やJICA(国際協力機構)と協力して、中米とボリビアでもシャーガス病に関連したプロジェクトを進めているという。