のほほんと暮らしたかった若者がガーナで生きる理由:アフリカと私
第9回アフリカ開発会議(TICAD9)を前に、アフリカ大陸に情熱を傾ける人たちが思いをつづります。第12回はガーナでカカオ生産農家の支援に取り組む石本満生さんです。

第9回アフリカ開発会議(TICAD9)を前に、アフリカ大陸に情熱を傾ける人たちが思いをつづります。第12回はガーナでカカオ生産農家の支援に取り組む石本満生さんです。
今年8月、アフリカの開発課題をテーマにした国際会議「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)が横浜で開かれます。アフリカに魅せられ、起業や支援、交流などの活動を重ねている人たちが、世代を超えて交流や協働を進める企業「GENERYS」。その分科会であるアフリカワーキンググループ(AWG)のメンバーに「アフリカと私」というテーマでアフリカとの関わりや寄せる思い、将来の夢などを書いていただきます。第12回はガーナでカカオ生産農家の支援に取り組む石本満生さんです。
大学で平和学の授業を聴講した際に、アフリカや中東などの国々で起こっている問題を知り、「これはJICA(国際協力機構)や国連などで働く意欲的な人たちが取り組むもので、自分のようにのほほんと生活したい人間が関わってはいけないものだ」と思い、授業から逃げ出しました。
だから、当時交際していた女性の影響で、2009年2月に卒業旅行としてガーナに2週間渡航した時には、その後ガーナに住んで生活していくことになるとは夢にも思っていませんでした。
初めて訪れたガーナでは、人々の明るさ、優しさ、楽観的な部分に触れ、すぐに魅了されてしまいました。一方で、学校に行けない子どもたちや仕事のない人たちなど、生活環境の大変さも目の当たりにしました。卒業旅行が終わるころには、いつかガーナに戻ってきて、ビジネスを通して子どもたちが学校に行けるように応援していきたいと考えるようになりました。
大学卒業後、化学品の専門商社の営業として5年ほど働きましたが、その間も毎年ガーナを訪問して、「現地で自分は何ができるだろうか」と仕事のタネを探していました。
日本での仕事は大変なことも多く、体を壊してしまったこともありました。その中で「ガーナに行くのだ」という思いが支えにも、また現実から逃げる口実にもなっており、複雑でした。当時、乳がんで闘病中だった母からも、「今のあなたがガーナに行っても迷惑になるだけ。ちゃんと今の職場でしっかり仕事を頑張りなさい」と叱咤(しった)激励されていました。
迷いながらも仕事に真剣に取り組む中で、徐々に責任のある仕事を任せてもらえるようになり楽しくなってきたころ、母から「今のあなたならガーナに行っても大丈夫だね」と言ってもらえました。でもその翌日からの海外出張中に母は亡くなり、この言葉が最後の言葉となりました。私は、ガーナに移住することを決意しました。帰国のフライトの中で退社願を書き、2014年2月からガーナで暮らすことになりました。
こうして移住はしたものの、自分がガーナで暮らしていけるのかと自問自答し、減り続ける貯金残高に不安になる日々を送っていました。そんな時、ガーナの友人たちと食堂に行きました。ガーナの友人たちは食事をシェアし、ビールを飲んで、「今日はこんなビジネスを思いついた!」「俺は資金があったら今の仕事をこう展開していきたい!」と楽しそうに談笑していました。その姿を見て、お金がなくてもこうやってみんなで楽しく生きられるんだ、と心が軽くなったのを覚えています。
今でも、停電や断水が起こったり、必要なものが手に入らなかったりする不便はありますが、昔ほどイライラせず、あるもので工夫したり満足したりするようになりました。仕事終わりには行きつけの飲み屋さんで、店員さんや常連さんと談笑する時間を大切にし、1日の終わりに感謝して、満足して生活できるガーナの生活を楽しんでいます。
ガーナでは生活を続けるために様々な仕事をしてきました。2018年6月からは株式会社立花商店というカカオの専門商社のガーナ駐在員として、西アフリカのカカオ豆の調達やカカオ生産者の支援活動などを担当しています。また、2023年8月には、農家の支援を目的としたNGO「EN FARMERS LBG」を立ち上げ、チョコレートメーカーの社会貢献事業として予算をいただき、カカオ生産者の抱える課題を一緒に解決していくための取り組みも行っています。
日本にもニュースで伝わることがありますが、ガーナではカカオの生産量が減少し、カカオ生産者の生活が困窮しています。カカオの生産量が減少した理由は、気候変動による降雨パターンの変化、肥料や農薬の高騰、病害虫の発生、土壌の劣化など多岐にわたります。
また、カカオの生産は手間がかかる割にもうからない、という側面もあり、若い人たちがカカオ栽培から離れてしまい、生産者の高齢化や生産者不足が課題になっています。また、人を雇う余裕がない農家は、子どもをカカオ栽培に従事させる「児童労働」の問題も起きています。さらに、収穫量を増やすために森林を違法伐採してカカオ畑にしたり、カカオ畑を金の違法採掘業者に売ってしまったり、環境問題にもつながっています。
カカオ豆の生産を持続可能にするためには、カカオ生産者の生活を改善し、生産者が安心して栽培を続けられる環境を整えるしかない、と考えています。今の仕事では、頻繁にカカオを生産しているコミュニティーを訪問して生産者の皆さんが抱えている課題をヒアリングし、日本の企業や開発機関と連携しながら課題解決に向けて取り組んでいます。
特に力を入れているのは、安全な水へのアクセス向上と、カカオの生産性向上です。カカオ生産は大変な重労働であり、生産者は厳しい環境の中で忍耐強く取り組んでくれています。
例えば、井戸がないために、汚れた水を使っている生産者のコミュニティーがあります。そこでは子どもの下痢や皮膚病などの問題が発生しています。生産者がカカオ豆を生産してくれいるからこそ、私たちはおいしいチョコレートが食べられているにもかかわらず、カカオ生産者は安心して飲める水すら困っている状況に心が痛くなります。私たちはどのコミュニティーでも、安心して飲める水を提供できるように取り組んでいます。少しずつでも生産者の生活が改善されてくると、私たちの名前を覚えてくれたり、感謝の声をかけてもらったりすることがあり、やりがいを感じており、このような機会を与えてくれている会社にも感謝しています。
最近取り組んでいるのは、カカオ生産者の身の回りにある「カカオポッド(カカオの実)」の殻を活用して、バイオ炭を作り、土壌環境の改善と気候変動対策に活用することです。既に21のコミュニティーでバイオ炭作りを始めているほか、国際機関や国際NGO、日本の大学や現地研究機関などとも協力してバイオ炭生産と農業での利用を普及させる取り組みをしています。
日本には昔から炭を農業に利用してきた歴史と知識があり、ガーナのカカオ生産の課題である土壌劣化問題の改善策に生かすことができると期待しています。
また、温室効果ガスの主要な排出者ではないガーナのカカオ生産者が気候変動の影響を大きく受けているという矛盾した構図もあります。そんな中、カカオ生産者と共にバイオ炭を生産し使用することで気候変動問題にも取り組み、気候変動対策資金の一部をカカオ生産者に還元していこうと考えています。支援される立場が多かったカカオ生産者が、自助努力により生産性を改善する可能性があるということに意義を感じています。
今後も、カカオ生産者やガーナ人スタッフと共にワクワクするようなことを企画し、生産者が支援に頼らずに自立して生産を継続していくことができる未来を目指したいと思います。