暫定政権発足のシリア、復興に必要なものは 援助団体がセッション
昨年12月に暫定政権が発足したシリア。「国境なき医師団」が開いたセッションで、人道援助活動を続けてきた人々が、復興に向けて必要なことを話し合いました。

昨年12月に暫定政権が発足したシリア。「国境なき医師団」が開いたセッションで、人道援助活動を続けてきた人々が、復興に向けて必要なことを話し合いました。
10年以上にわたる内戦を経て、昨年12月に旧政権が崩壊し、暫定政権が誕生したシリア。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、6月23日時点で1650万人が人道援助を必要とし、740万人が国内避難民となっている。出身地に戻った約120万人も自宅の破壊や不発弾のリスクにさらされている。北東部や南部では衝突や暴力が起きており、民間人の死傷者も出ている。 医療人道援助団体・国境なき医師団(MSF)が4月に開いた「人道援助コングレス東京2025」のオンラインセッション「シリア、今そして未来へ」で、シリアでの人道援助活動を続けてきた人々が語り合った。入り組んだ経緯をたどったシリア情勢を改めてまとめつつ、シリアの復興に何が必要なのかを語り合った。
セッションの冒頭で、モデレーターを務めた朝日新聞編集委員の石合力氏がシリア内戦の経過について解説した。まずは、カイロやワシントン駐在の特派員などとしてシリア取材を続けてきた石合氏の解説を通じて、シリア内戦の経緯を振り返る。
中東各地で起きた民主化要求運動「アラブの春」の影響を受け、シリアでも2011年3月に民主化デモが起きたが、アサド政権側は武力で弾圧。政権軍や警察から離反した人々が反体制派に合流して政権側に対抗する形で武装を始め、次第に戦乱が広がり、内戦に転落していった。しかし昨年12月、イスラム過激派組織として発足した「シャーム解放機構(HTS)」が率いる反体制派が攻勢に乗り出し、政権は瞬く間に崩壊した。
石合氏は、アサド政権下で横行していた拉致、投獄、拷問、殺害について説明した。
政権崩壊後、多くの人々が収容所から解放されて経験を証言したうえ、暫定政権が収容所内部の写真を公開したことから、アサド政権下での法的手続きを経ない市民の拘束と投獄、収容所内での拷問や殺害の存在が、改めて明らかになった。
アサド政権が行ったもう一つの犯罪的行為は、反体制派の地域への空爆や、化学兵器による攻撃だ。これは自国民に対する攻撃であり、多数の民間人が犠牲となった。
暫定政権を主導するHTSはイスラム教スンニ派の組織で、アルカイダ系の旧ヌスラ戦線の後継とされてきた。
暫定政権の当面の課題として石合氏は、以下の点を指摘した。
・武装勢力の武装解除と国軍の再編
・国民の統合和解
・シリア制裁解除と復興支援の行方
・難民(467万人)、国内避難民(740万人)、帰還者(120万人)の受け入れ
なお、米国や欧州連合(EU)は旧アサド政権時代に発表したシリア制裁の解除を発表し、日本政府も制裁を一部解除した。
セッションでは、シリアでの支援活動を続けるパネリストが、現地の人々の現状と、必要な支援を語った。
難民を助ける会(AAR Japan)中東・ヨーロッパ地域マネジャーの景平義文氏は、10年以上の内戦でインフラが破壊された状況に鑑み、「緊急的な人道支援、復興支援に加え、社会全体が大きく変わる中で、社会全体の開発支援を同時にやっていかなければならない」と指摘した。
シリアはもともと社会主義的な国家体制で、医療、福祉、教育のほとんどは、国家の手で担われてきた。一方で政治的自由は乏しく、いわゆる「市民社会」の成長と発展は阻害されてきた。
景平氏は「今後は社会が変わる中、国家だけで社会サービスを担うのは難しくなる。これからは国家以外のアクターが必要になる。そのためには、シリア人が運営するNGOが大きな役割を果たすことになるし、果たさなければシリアの復興は成り立たないだろうと思う」と述べた。
シリア女性の手芸品などを適正な価格で販売することで生計を支援する「イブラ・ワ・ハイト(針と糸)」共同代表で、シリアの人権問題に関するアドボカシー団体「Stand with Syria Japan(SSJ)」の監事を務める山崎やよい氏は、1989年から2011年までシリアで暮らした経験がある。今年2月10日から3月8日にかけ、シリア北部の第二の都市アレッポなどで現地の状況を調査した内容を報告した。
報告によると、市民生活の基盤となる住宅、電気、水道、インターネット環境、学校といった社会基盤が破壊されており、国内外に逃れたシリアの人々の帰還を妨げている。帰宅しても家は破壊されたままで、社会サービスも崩壊しているため、生活は困難だ。このため当面は避難民キャンプなどにとどまることを選ばざるを得ない人が多いという。
旧アサド政権は多くの市民を長期にわたり拘束した。連れ去られた人の消息は途絶え、家族が行方を調べること自体も「反政権活動」とみなされる可能性があり、危険を伴った。こうした政権による拉致・拘束の被害者は、「強制失踪者」と呼ばれる。
SSJは、これまでの調査から少なくとも約15万人の強制失踪者がいるとみている。どこの刑務所や収容所になぜ送られたのか、そこで何が起きたのか。強制失踪者の家族の多くは、いまだにこうした情報を得られておらず、情報収集と公開が急務だ。
山崎氏は「帰還者のための住居再建のほか、収容所からのサバイバー、強制失踪者の家族の支援、そして加害者の責任追及のための証言記録の収集や公開が必要だ」と指摘した。
MSF中東・北アフリカ地域人道・外交担当代表のリーム・ムゲイス氏は、医療に焦点を絞って報告した。「病院への攻撃があり、医療インフラが深刻な打撃を受けている」と話した。
シリアでは病院の62%、プライマリーヘルスケアの39%しか稼働していない。ワクチンの供給不足でコレラ、はしか、インフルエンザなどの感染症が蔓延(まんえん)。水や電気の供給が止まり、衛生環境もよくない。
ムゲイス氏が指摘したもう一つの問題は、シリア北東部のアル・ホールキャンプだ。かつてのイスラム国(IS)支配地域にいた数万人が無期限に収容され、収容された自国民の受け入れを拒否する国も相次ぎ、国際社会の「盲点」となっている。
「キャンプは人道危機を超えたモラル危機の状況にある」と指摘し、「国際社会はアル・ホールキャンプを忘れてはならない」と訴えた。
国際NGO、多国籍企業への助言を行い、人道・人権分野で活動するシリア人弁護士ファディ・アントワーヌ・カルドゥース氏は、今後起草されることになる新憲法など政治プロセスの方向性について、「民族や宗派による差別をなくし、シリア人の平等や権利をきちんとうたうものにすべきだ」と指摘した。
理由がある。シリアは多民族・多宗教社会だ。しかし、アサド政権は宗派や民族を、国民を分断して統治する道具として使ってきたため、民族意識や宗派意識を政治的に利用すれば今も分断が広がりやすい社会状況にある。
カルドゥース氏は、シリアが今後、人権を尊重し宗派や民族を問わず法の下に平等な社会を目指すべきだと語った。また、社会の安定とシリア再建に向けた明確な道筋が必要だと指摘した。
そして、暫定政権が今後の政治プロセスのロードマップを明確に示しておらず権力が集中している状況を踏まえ、多様な政治的・社会的グループを国家統治のためのネットワークに組み込み、新憲法起草に向けた国民的な対話を開始することが重要だと述べた。
さらに、暫定政権がシリアの多様性を実際に体現し、旧政権下では存在しなかった自由で公正な選挙の準備を進めるための包括的な移行期間を設けることが重要だとした。
アサド政権は、アラブ民族社会主義を掲げるバース党による、事実上の一党独裁だった。同じバース党が独裁体制を維持していた政権がある。隣国イラクの旧フセイン政権だ。イラクでは米軍を中心とする多国籍軍が2003年に侵攻。フセイン政権を倒した。この時、政権の座にあったバース党は解体され、フセイン政権の幹部だけでなく各省庁を支えていたテクノクラート(官僚)も追放され、国家運営が困難になった。また、政党政治の基盤が整わないまま、政策ではなく宗派や民族を基盤とする政党が支持を集め、社会の分断を深めることとなった。
石合氏はこういった経緯を踏まえ、シリアはどうあるべきかを問うた。
カルドゥース氏は「政党は特定の民族、宗教、社会グループによらない方がいい」と述べ、「すべてのシリア人を代表する政治家により、新たな国家体制が築かれることを望む」と期待を込めた。
景平氏は「シリアでは旧政権の人たちが公職を追われており、その後を誰が埋めるのかという話になっている」と述べ、日本の明治維新に例えた。 「薩長中心の新しい政府ができて幕府が倒れたからといって、いろいろな人を巻き込まないと新政府は成り立たないわけです。国家の運営はテクノクラートや様々な技術を持った人たちがいて初めて成立する。旧政権も含めいろいろな人を巻き込んでいく必要がある」と語った。
議論はプロパガンダを巡る問題にも及んだ。アサド政権は少数派のイスラム教アラウィ派を基盤とする政権で、軍や情報機関にはアラウィ派が重用された。人口の多数派はイスラム教スンニ派だ。こうしたことから宗派と民族は非常にセンシティブな問題で、これが暫定政権の「少数派保護」を巡る評価にもつきまとい、SNS上では対立をあおるさまざま偽情報・誤情報が流れている。
シリア、トルコ、イエメンで人道・開発支援を行うハンド・イン・ハンド・フォー・エイド・アンド・ディベロップメントのCEO、ファディ・サハルール氏は「アサド政権がマイノリティーを保護してきたというのは間違いだ」と指摘。山崎氏も「暫定政権による人権侵害があったことは事実だが、ことさらに少数派迫害とあおるSNSがあり、それに乗ってしまうマスメディアもある。「アサド政権万歳」と言ってきたことが間違いだったとシリア人はわかっている。私たちはその気持ちを大事にし、プロパガンダに乗らない仕掛けをつくる必要がある」と話した。
石合氏は「経済制裁解除のカギは国民和解をどのように進めるかだろう。シリア人としてのナショナルアイデンティティーの再構築には何が必要か」と質問した。
カルドゥース氏は「これからはすべてのシリア人が同じ憲法の下で、ジェンダー、言語、性別、宗教、民族にかかわらず保護されるべきだ」と話した。暫定政権が署名した暫定憲法には「言論の自由」「女性の尊厳の明記」などいくつかポジティブな面があったと評価。その上で、「権力が1人に集中することを防ぎ、新たな政治体制の下でシリア人の融合が進み、シリアが再興することを願っている」と結んだ。
サハルール氏は「すべての人を平等に扱うことが重要だ。拉致、強制収容の問題を解決し、人間の尊厳を回復しない限り、人々は過去を忘れることができない」と強調した。
サハルール氏は語った。
「私たちは変化を感じている。シリアの人々や政府を締め上げたり、無視したりするのでは、うまくいかない。シリア人の声に耳を傾け、支えてほしい」