オンラインでつなぐグローバルヘルスの「明日」 若手医療者の挑戦
コロナ下、オンラインで知り合った若い医療者がネットで世界の医療従事者をつなぐ団体を立ち上げました。遠い国の医療課題を「わがこと」にするには? 模索が続きます。

コロナ下、オンラインで知り合った若い医療者がネットで世界の医療従事者をつなぐ団体を立ち上げました。遠い国の医療課題を「わがこと」にするには? 模索が続きます。
世界中にいる医学生や若手医療従事者たちと、交流をしながら知識やスキルを身につけたいーー。イギリスで研修医をしている島戸麻彩子さんと、キプロスの大学で医学を学んでいる佐藤有真さんは、オンラインでグローバルヘルス課題に取り組む団体TOMO Global Healthを立ち上げた。グローバルヘルスの課題解決には、「国や分野の壁を超えた連携」が必須だと訴える2人が、活動を通して何を目指すのかをつづる。
私たちは、世界中の若手医療従事者・保健人材と切磋琢磨(せっさたくま)できるネットワークの構築を目指し、TOMO Global Healthという団体を立ち上げました。そのきっかけは、私たちがコロナ禍のなかオンラインで知り合い、意気投合し、社会起業家支援を行う「特定非営利活動法人ETIC.(エティック)」主催でビル&メリンダ・ゲイツ財団が協賛した「Vision Hacker Awards 2021 for SDG 3」に応募したアイデアに「シード賞」をいただいたことです。
グローバル化が進む現代、パンデミックや非感染症疾患の増加など保健医療分野の課題は複雑化しています。私たちは、国や分野の壁を超えた連携を進め保健課題に取り組むヘルスケアリーダーが求められていると考えました。特に、低中所得国における保健人材の能力開発や定着が喫緊の課題です。しかし今の医療教育では、リーダーシップを伸ばしたりグローバルヘルス課題に触れたりする機会が十分にないことが多く、国を超えた若手保健人材の交流を長期にわたって継続することは難しいのが実情です。
TOMOという名前には「世界中の『友』と『共』に保健医療の明日(TOMOrrow)に希望の光を『灯』(とも)す」という思いを込めました。今年9月には、一般社団法人になりました。春から夏にかけて、グローバルヘルス分野のルールメーカー育成を目指す株式会社PoliPoli主催「Reach Out Project」に参加し、今後も他組織とのパートナーシップ・連携をさらに強めていきたいと思ったためです。
私たちはこれまで、オンラインケーススタディーの開催と地域支部の支援、オンラインコミュニティーの運営、研究活動に主に力を注いできました。
オンラインケーススタディーでは、メンバーをオンラインでつなぎ、約3週間をかけて特定の国の公衆衛生・医療問題を掘り下げます。参加者は、約半数を舞台として選んだ国から、残り半数を他の国から選抜します。
これまで「ケニアにおけるマラリア」「ネパールにおける糖尿病」「日本における事前ケア計画」を扱い、現在は「コンゴ民主共和国における子どもの下痢病」「インドにおけるCOPD(慢性閉塞〈へいそく〉性肺疾患)」などをテーマとしたケーススタディーを企画しています。
参加者は、現地の教授や医療従事者から講義を受けたのち、少人数チームに分かれて課題を掘り下げ、解決策を考え発表します。取り扱う課題や地域に関する知識を得ることはもちろん、異なる国から集まった参加者たちがチームを組み、数週間にわたって議論していく過程で、チームワーク、課題認知・解決力、多様性の享受などのソフトスキルを向上することにも焦点を当てています。また、ケーススタディーの最後には、現地の医療関係者からのコメントや相互投票によって最優秀チームを決定し、そのチームのアイデアを基に現地支部が活動を展開します。
また、ケーススタディーで育んだ貴重なつながりを長期的なネットワークへと発展させるため、オンラインコミュニティーを設立しました。各国の保健分野で活躍している方を招いた講演会、異なる国から集まったメンバーによるパネルディスカッション、プレゼンスキルなどを磨くリーダー研修など、メンバー同士の交流を重視したオンラインイベントをこれまで20回以上開催してきました。メンバーは現在27カ国以上から集まっており、国を超えた保健人材が互いに能力を高めあえる場を構築しています。
2022年終盤からは、研究活動にも力を入れています。「ケニアにおけるマラリア」を扱ったケーススタディーと文献調査を組み合わせて感染症の学会誌に論文を発表したり、TOMO Global Healthの活動全般について国際医学教育学会で口頭発表したりすることで、さらに多くの方に私たちの活動を知っていただくきっかけが増えたと実感しています。今後は、世界に広がったコミュニティーのネットワークを駆使して、複数の国でデータを集めて比較・分析する研究にも取り掛かる予定です。
しかし、活動の継続や発展が難しいと感じる場面も数多くありました。
私たちはケニアとネパールに現地支部を設立し、オンラインでケニアやネパールの学生と協力してプロジェクトを進めています。一つ目に感じる課題は、オンラインでこうした活動を進めることの難しさです。現地の大学教授や学生とオンラインミーティングを重ねているのですが、文化の相違によってコミュニケーションがうまくとれなかったり、現地支部が抱える問題がよく見えなかったりするもどかしさを覚えることがあります。プロジェクトの目標を出来るだけ具体的に共有することを意識したり、プロジェクト後も学生主体の事業を推進するために彼らの通信事情やペースに柔軟に合わせたりして、粘り強く向き合っています。また昨年、ケニア支部を訪問して、オンラインでは伝わりにくかったケニアの学生の熱意やTOMOへの期待を存分に感じ、活動の方向性をすり合わせることが出来ました。
二つ目の課題は、TOMOの活動のインパクトを正確に評価し、それを基に活動内容を改善したり展開させたりすることです。私たちは、活動を通した若手保健人材のソフトスキルや知識の向上、支部活動による地域健康課題の改善をゴールに掲げていますが、どちらも私たちの活動以外の要素が大きく影響し、また分かりやすい指標で測ることが容易ではありません。参加者からのフィードバックや支部メンバー、現地医療従事者の意見を積極的に反映しながら活動を進めていますが、今後はさらに、地域の保健指標を活用するなど、客観的にインパクトを示す方法を採り入れていきたいと考えています。
三つ目の課題は、団体としての存在感を強化し、より多様なメンバーを集めること、そしてそのメンバーのモチベーションを維持していくことです。ソーシャルメディアを駆使してオンラインイベントの告知や活動報告をしているのですが、より幅広い層にアプローチするために、複数のプラットフォームを使い分けたり、デザインを工夫したりと試行錯誤の日々です。また、現在7カ国から集まっている運営メンバーそれぞれが学業・仕事とTOMOの活動を両立しながら活動しているので、時差を考慮したり、スケジュール調整をしたりすることもなかなか大変です。オンラインでつながるチームがモチベーションを維持して活動を広げていくために、団体としての目標とおのおのの目標をチーム全体で共有することを意識しています。また学会誌での論文掲載に加えて、朝日新聞社主催「大学SDGs ACTION! AWARDS」グランプリや、イギリス医学教育協会(ASME)「Education Innovation Award」の受賞のように、分かりやすい形で成果を示すことができると、さらにモチベーションが高まると実感しています。
私たち自身、グローバルヘルス分野にどのように貢献できるかをまだ模索している最中ですが、特に日本の若者世代の関心や取り組みを広げるためには、まずグローバルヘルスの現場や課題に触れる機会を増やすことが大切だと思います。
代表の島戸と副代表の佐藤はそれぞれ、日本とは異なる医療体制や保健課題を目の当たりにしたことが原体験となり、この分野に学生時代から取り組みたいと考えるようになりました。
島戸が最初に興味を持ったきっかけは、2010年のハイチ大地震です。当時日本で通っていた小学校の姉妹校がハイチにあったため、地震直後に募金活動を行いました。しかし、地震そのもので亡くなった方に加え、地震後衛生状況の悪化によりコレラなどの感染症が蔓延(まんえん)し亡くなった方が多くいたというニュースを見ました。そこで、直接現地に出向いて支援が必要な人に医療を提供するだけでなく、保健システム自体を強化できるような医師になりたいと思うようになりました。
佐藤は小学6年生のころからエルサルバドルやブラジルなど海外で生活しており、それぞれの国で多くの人に助けてもらいながら成長しました。そのため、お世話になった方々に直接恩返しができなくても、その社会や周囲の人々に貢献していきたいと考えるようになりました。また、「置かれた場所で咲きなさい」をモットーに、どんなところでも常に自分のベストを尽くして生きていこうと思っていました。そしてエルサルバドルに住んでいた中学生のころ、将来医者として低中所得国で働きたいと考えるようになりました。
私たちは医学をバックグラウンドに持っていますが、グローバルヘルスにおいては医療関係者にとどまらない領域を超えた産官学、そして国境を超えた連携が必須です。新型コロナのパンデミックを経て公衆衛生への社会的関心が高まった今こそ、グローバルヘルスへの関心を高め、携わるきっかけを作る絶好の機会です。各国の医療課題について五感を使って触れるフィールドトリップなどの体験が、個々の専門性に応じた切り口からグローバルヘルスに関わるきっかけとなるはずです。私たちは、これまで築いたネットワークを強固にしながら、より多様な人材を巻き込んでオンライン、オフライン両方で活動を展開し、ケニアやネパールの現地支部とともに行動を起こしていきたいと思います。
〈しまと・まさこ〉
TOMO Global Health 代表。
1998年東京都生まれ。イギリスNHS(National Health Service)初期研修医。経団連の支援を受け高校2年次からインドUWC Mahindra Collegeに派遣され、国際バカロレアを取得。その後、江副記念リクルート財団学術部門奨学生としてイギリスUniversity College London医学部に進学し、感染症学・免疫学の理学士号とイギリス医師免許を取得。2023年、同大学を卒業し、現在はイングランドの病院で初期研修医として勤務している。
〈さとう・あるま〉
TOMO Global Health副代表。
2000年横浜生まれ。父親の仕事の関係で中学時代をエルサルバドル、高校時代をブラジルで過ごし、国際バカロレア・バイリンガルディプロマを取得。その後ヨーロッパ圏の様々な国で研鑽を積みたいと欧州連合(EU)の医師免許取得を志してキプロスのUniversity of Nicosia Medical Schoolに進学し、現在5年生。学業以外にも幅広い活動や趣味に打ち込んでいる。