世界の屋根の足元で 太陽光発電がもたらす環境保護とジェンダー平等
中央アジアのタジキスタンに、クリーンエネルギーの導入により、環境問題と女性たちの暮らしの改善を目指すNGOがあります。注目されるその取り組みとは?

中央アジアのタジキスタンに、クリーンエネルギーの導入により、環境問題と女性たちの暮らしの改善を目指すNGOがあります。注目されるその取り組みとは?
中央アジアの山岳国家、タジキスタン。シルクロードを通じて日本と歴史的ゆかりもあるこの国の渓谷地帯で、クリーンエネルギーの普及を目指す現地NGOがある。タジキスタンは男性の海外への出稼ぎが多く、国内に残った女性たちは家事も労働も担い、自分自身のための時間がほとんどない、という。また、世界銀行によれば、一日3.65ドル未満で暮らす人は、人口の32%(2009年)から推定12.4%(2022年)まで減少したが、出稼ぎによる送金に依存していることから外的要因に脆弱(ぜいじゃく)な経済状況だという。クリーンエネルギーで家事や労働の負担を軽減し、ジェンダー平等も目指そうというNGO「リトルアース」の責任者、ナタリア・イドリソワさんにオンラインで話を聞いた。
タジキスタンは、北海道と東北6県を合わせたほどの国土に1千万人が住む国だ。国土の9割以上が山岳地帯で、奥地の村々には、電気が通っていない村もある。
「『世界の屋根』で暮らす女性にクリーンエネルギーを」
こう名付けた事業を、タジキスタンのNGO「リトルアース」が10年前に始めた。資金源は主にノルウェーやスウェーデンのNGOからの支援。わずかだが市民からの寄付もあるという。
「世界の屋根」とは、中国西端からタジキスタンなどにかけ広がるパミール高原を指す。標高5千メートル級の峰々がつらなり、渓谷では女性たちが燃料用の灌木(かんぼく)を伐採し、牧畜などを営む。これら渓谷の村々は、100キロ余り離れた最も近い都市まで一本道でつながれているだけの孤立したエリアだ。リトルアースのクリーンエネルギー事業を担うナタリア・イドリソワさんは、こう語る。
「渓谷で暮らす人々のエネルギー源は灌木。しかし、乱獲でそれが減ったため、女性たちは朝、家から数時間をかけて灌木の残る山へ通っていた。太陽光エネルギーを導入すれば、彼女たちが燃料採集に割く時間が減るはず、と考えたのです」
リトルアースは国際NGOや国連機関がすでに支援に入っている地域よりも、パミール渓谷の奥地のような、支援の手が届きにくい遠隔地を活動の対象に選んだ。
イドリソワさんは、初めてパミール渓谷の村ニスールを訪れた時の様子をこう振り返る。「私は首都ドゥシャンベで育ちました。首都の人間から見ると、パミール高原は中世のような世界なのです」
ニスール村へは、首都から直線距離で東へ約500キロ。小型四輪駆動車で行けるのは途中までだ。山岳の道で、イドリソワさんは「ロバに乗り換えてください」と勧められた。しかし、ロバの上ではうまくバランスが取れない。結局、徒歩で数時間、危険な渓谷の道を歩いた。
たどり着いたのは標高2500メートルほどで、バルタン川に沿った狭い平地には20~40戸の村々が点在している。イドリソワさんは渓谷に「緑が少ない」と思ったと言う。さっそく五つの村で聞き取り調査を始めた。
イドリソワさんの聞き取りに、ある人はこう訴えた。「平地に生えているテレスケンと呼ばれる灌木はほぼ採り尽くし、山に登って灌木を採りますが、気温が低くて手が凍えてしまいます」。子どもたちも学校の授業の前後、平地に残る灌木をクワで掘り起こして採集し、家族を助けているという。
灌木を採集した後も女性たちの仕事は続く。洗濯、子どもの世話。あっという間に日が暮れる。ここには就労先となる企業も工場もない。女性たちが搾るヤギの乳と、乳製品、野菜などを自家消費するほか、屋外に実るアンズなどを採取して売るのがわずかな収入源だ。
呼吸器系の病気と思われる女性たちも目立った。4人の子を持つ40代の女性は「調理や寒い時、家の中でストーブをたくためではないかと思う」と話した。灌木を燃やすと煙が多く発生し、家庭内で子どもと多くの時間を過ごす女性はこうした病気にかかりがちなのだ、という。
聞き取り調査を受けてリトルアースは、太陽光エネルギーの普及を目指すことにした。例えば、パラボラアンテナ型の集光器を改良し、集めた太陽光でお湯を沸かしたり、調理したりできる器具を「ソーラークッカー」と名付けて、40戸に渡した。屋根に設置するソーラーパネルや、太陽光を吸収するパックで温水を作る「太陽光温水器」もいくつかの家庭に設置した。タジキスタンは、「晴れ」の日が1年の8割を占め、太陽エネルギーとは相性が良い国だ。
リトルアースは、約1年後、再び二スール村へ入り、その効果を聞き取り調査した。
この村に住むグリストン・ナザルシェエワさんは「私は年金200ソモニ(約2900円)を毎月受け取っていますが、私も子どもも定職はありません。畑を耕し、家畜を飼っています。村に電気はなく、夜は真っ暗になっていましたが、太陽光で蓄電するランプを使えるようになったおかげで、孫たちが自宅で勉強できるようになりました。娘も家で編み物ができるようになりました」と話したという。
アマルベギム・オリモワさんは「娘が中学2年生、息子が小学4年生ですが、私は定職はなく、自給自足しています。夫は季節労働者として出稼ぎしています。灌木は近くにはもうないため、それを探しに10キロ離れたところまで行っています。太陽光発電導入の事業のおかげで、灌木を節約でき、自然保護にもつながります。自由時間も増えました」と語ったという。
また、ある女性の一家は灌木を1回当たり約70キロ採集、ロバも使って家へ運んでいた。その総量は、採集できない冬を除く数カ月間で計1300キロにのぼった。「ソーラークッカー」や「太陽光温水器」の導入で、その採集量は半減したと話す。
この女性は、「灌木を採りに行くには10キロもの道のりを歩きます。ソーラークッカーや太陽光温水器のおかげで、子どもと過ごす時間が増え、屋内の煙に苦しむことも減りました。週に1回、水ではなく、お湯のシャワーも浴びることができるようになりました」と述べたという。
ソーラークッカーではなく、家屋にソーラーパネルを設置した女性に対しては、太陽光を電源として使う電動ミシンと、手元を照らす蓄電式LEDランプも供与した。ミシンなどの供与により、地域の伝統的な手芸品を女性が作り、現金収入につなげるのが狙いだ。彼女の家の一室は、この地域では珍しい「手芸品の工房」となった。
タジキスタンの地方では、エネルギー問題と「女性の解放」は表裏一体だ。タジク男性が働き手として出稼ぎで村を出て少なくなっているためだ。「地方の多くの家庭では、男性の働き手が足りず、農業も家事もすべてが女性の肩にかかってきます。太陽光エネルギーがあれば、女性の暮らしの負担を減らせ、将来の自立につながるのです」と、リトルアースのメンバーは言う。
国際協力機構(JICA)の緒方貞子平和開発研究所の調査によると、家族に出稼ぎ者がいる家庭は約4割で、そのうちの約9割がロシアへ働きに行っている。そして出稼ぎ者のほとんどが男性で、約100万人、全人口の10分の1にのぼるという。
パミール渓谷の村では、学校でも電気の問題が起きていた。タジキスタン政府の方針で、国内の学校のほとんどにパソコンが設置されている。渓谷を流れるバルタン川上流のある学校には、約10台のパソコンを置いた教室がある。ところが、学校で電気が使えるのは正午まで。午後には近くにある小さな農場に電気が回され、学校は停電になってしまう。
国の主要送電網は、渓谷まで通っておらず、村にあるのは川の流れを利用するマイクロ水力発電機一つだ。その頼みの綱も村人によれば「しばしば故障する」という。そこでイドリソワさんたちは、学校の屋根にソーラーパネルを備え付けることにした。太陽光発電により、パソコンを使った授業がほぼ常時、可能になったという。
リトルアースは、パミール渓谷では初めてとなる野菜栽培のソーラー発電ハウスも建てた。村人はトマト、キュウリなどの野菜を栽培し始めた。さらに2020年以降もソーラークッカーなどを数十セット、いくつかの村に贈与したという。渓谷の暮らしは、少しずつ変化している。
昨年11月、英国BBCは世界の「影響力のある」女性を顕彰する「100人の女性」にイドリソワさんを選出した。昨年は、女子教育に力を入れるミシェル・オバマさん、セクハラ問題に立ち向かう元自衛官の五ノ井里奈さんも同時に選ばれた。イドリソワさんの選出理由を、BBCはこう説明する。
「環境に優しい手段を使って家庭におけるジェンダー平等を支えている。さらに現在、気候変動の影響を受けがちな障害者の声が政治に届くような道も探っている」
イドリソワさんが環境保護とジェンダーの問題に取り組むようになったのは、リトルアースの創設者でもある兄ティムールさんの影響だ。同じく首都ドゥシャンベ育ちのティムールさんは中学生のころ、山岳地帯を旅するサークルに参加し、パミール高原などに魅せられた。
1997年、旧ソ連の各地で盛んになった環境保護運動に刺激を受け、リトルアースを創設した。ティムールさんは、「私たちはソーラークッカーなど、太陽光エネルギーを利用した発電システムを他の団体に先駆けて導入しました。他のNGOも私たちに続きました。自転車に乗ることを推奨する『ノーカーデー』も私たちの提言で、我が国で初めて実施されました。パイオニア的な役割を担ってきたと思います」と言う。
タジキスタンなど中央アジア諸国では、女性の教育は保障され、タジキスタンの識字率は、ほぼ100%(世界銀行)。これは、タジキスタンなど中央アジア5カ国が約70年、ソ連を構成する社会主義国だった影響がある。社会主義は教育や女性の地位向上を掲げる体制だった。中央アジアでも学校をたくさん建て、一時期、民族語の読み書きの普及も目指したとされる。一方、ジェンダーの平等は達成された、とは言えないようだ。
イドリソワさんは、地方の暮らしについて、「家父長的な社会です」と話す。リトルアースのメンバーによると、女性が電話などで父や夫の知らない男性と会話することを、男性たちは認めないことが多い。また、女性が肥料などの資材購入をするのも難しく、商行為は基本的に「男性の仕事」とみなされているという。
リトルアースは、こうしたタブーを打破する試みに取り組んでいる。
その一つが女性対象の「スタディーツアー」だ。パミール渓谷の女性10人を、渓谷から百数十キロ離れた地方都市へ案内し、マイクロファイナンスを提供する銀行や国立大学を視察した。銀行からはマイクロファイナンス(貧困層向けの無担保小口融資)の仕組みについて、あるいは大学では講師から教育内容の説明も受けた。
参加者のうち40代のある女性は、ツアー後、大学で英語の通信教育を受け始めた。彼女は「ツアーによって、人生で初めて女性も社会に関わることができると感じました。これまで男性からは『女には関係ない』と言われる機会が多かったのです」と話したという。
イドリソワさんは「彼女の進学は、夫の理解がなければ難しかったです。彼女の夫は教師をしていて寛容で、地方では珍しい人です。夫は妻が村から出ることすら、許さないことがあります」と話す。スタディーツアーも、妻の参加に消極的な夫や、村の長老を説得したうえで実施したという。
リトルアースは現在、首都の北西に位置する、標高約2500メートルのヤンゴブ渓谷の村々にも入り、支援をしている。
この渓谷に住むのは少数民族。シルクロードで商人として成功したソグド人の末裔(まつえい)とされる。言語も公用語のタジク語とは違うソグド語に似た言葉を話す。
そのソグド語が刻印された香木がシルクロードを通って奈良・法隆寺まで伝わり、今も東京国立博物館に保管されている。タジキスタンの研究者によると、ソグド人は7~8世紀ごろ、アラブ軍との戦いに敗れ、西方からタジキスタンのこの渓谷までのがれてきたという。
日本で言えば、平家の「落ち武者部落」のような村落を形成し、それが今も残る。実は、パミールの渓谷に住む人々も、先祖が似た運命をたどって渓谷に落ち延びた少数派の子孫だ。
リトルアースは、ヤンゴブ渓谷でも、太陽光エネルギー発電の普及とともに、女性たちのスタディーツアーを毎年行っている。渓谷から下りて、町の役場や伝統工芸品を作る工場に案内する。参加者のほとんどが、生まれて初めて渓谷外に出た女性たちだ。その一人は昨年、伝統工芸品のソックスを自分の家で作り、販売することにしたという。
イドリソワさんは「言語、生活様式などの文化を守りながらも、女性の自立を目指したい」と話している。