「自己肯定感が低い」「自信がない」……。日本の若者を表すのによく使われる言葉です。実際、日本財団が今年2月に実施した、日本、アメリカ、イギリス、中国、韓国、インドの若者各1千人(17~19歳)の意識調査で、「自分は人に誇れる個性がある」と答えた日本の若者は約54%と、こちらも6カ国中最下位でした。一方、インドは83.9%と中国に次いで2位です。しかし、よくよく詳細をみると数字には表れない顔も見えてきます。そして若者だけではなく、結婚後の女性たちも事情は似ているようです。インドのムンバイに拠点を置くNPO「ラー財団」は、ビジネス出身の創業者が、課題を抱える人びとに共感を寄せながら、かつ戦略的に支援を提供しています。ラー財団が支援するそんな若者や女性たちを取材しました。

若者に力をつける「サマルク」プロジェクト

インドは経済がどんどん拡大し、国民の平均年齢は28.4歳と若い。国を支える中心となる若者の雇用は順調なのかと思いきや、必ずしもそうではないようだ。

「地方を中心に、自分の望む職業に就けない人が意外に多いんです」と語るのはムンバイ拠点のラー財団のビドゥヤ・ライさん。「面接で思うように自分を表現できなかったり、学校で英語を習っていてもそれが実際に使えなかったり……」。私たち日本人も思い当たるところがあるのではないだろうか。

そこでラー財団は、主に18~25歳の若者を対象に、ムンバイなどの16の地域で週6日、1日8~9時間の雇用を目的にしたトレーニングを5週間提供するプロジェクトを行っている。プロジェクトの名前は「サマルク」。ヒンディー語で「有能」を意味する。「若者に力をつけて有能にする、という思いを込めているんです」(ライさん)

ムンバイにある若者のトレーニングセンターで、「レストランで接客対応する時」というロールプレーをする受講生たち=2024年7月10日、インド・ムンバイ

就職活動のための書類の書き方や面接の受け方、自己表現の仕方、仕事上での英語の話し方、ワードやエクセルの使い方、初歩のマーケティングなどを学ぶ。参加費用は2千ルピー(約3700円)で、うち半額は職を得ると戻ってくる。

2022年から今年の3月までに1480人がプログラムを受け、うち70%が職を得た。高等教育に進んだ人たちも12%いる。「トレーニングの卒業生の月平均給与は1万5千~1万7千ルピー(約2万8千~3万2千円)で、同年代の平均的な給与の1万2千ルピー~1万5千ルピー(約2万2千~約2万8千円)を上回っています」(ライさん)

ムンバイに拠点を置くラー財団のメンバー=2024年7月10日、インド・ムンバイ

震える声、孤独感、悩める若者を後押し

ムンバイから南に車で2時間ほど行ったところにあるペンという町のトレーニングセンターを訪ねた。日本の漫画「ONE PIECE(ワンピース)」や「鬼滅の刃」が好きだという18歳のニミシュ・バラトゥ・パテルさんは、姉がこのトレーニングセンターに来たことがあり、勧められてやってきた。「ここに来ていろんな研修を受けて、自分に自信がつきました」。自分のことをみんなの前で話すことが苦手だったが、帰宅後も鏡の前で練習したという。「僕たちにとって、少し背中を押してもらうことが大事なんです」。「その『少し』は決して『少し』ではなくて、『大きな一歩』につながるんですよね?」と聞くと、笑顔で大きくうなずいた。

ニミシュ・バラトゥ・パテルさん=2024年7月7日、インド・ペン

チャトラニ・アビナシ・ナイクさんは25歳。「家業の農業を手伝っていたけど、仕事がほしくてここに来ました」と話す。「自分の意見を言うのも、人前で話すのも苦手でした」。週に3、4日、弟を相手に自分の意見を言う練習をした。取材の時は、きちんとこちらを見て話してくれたが、少し声が震えており、ここまでくるのに相当努力をしたことがうかがえる。

チャトラニ・アビナシ・ナイクさん=2024年7月7日、インド・ペン

ナイリッシュ・ガイクワードさんは20歳。電機の技術者をしていた父は事故に遭って体を壊し、雨傘を売る仕事をしていた。だが、経済的に厳しくなってガイクワードさんは日本の高校にあたる課程で学校を中退。家族を助けるために、バイクを使った配送の仕事をしていた。「人と話すこともなくて孤独で……。もっと給料が良くて、キャリアが開けるような仕事をしたいと思ったけど、どうやって応募したらいいのかもわからなくて」。ここでのトレーニングの後に希望の仕事に就けたのだという。

ナイリッシュ・ガイクワードさん=2024年7月7日、インド・ペン

他に話を聞いた人たちも、みな「自信がなかった」と話していた。しかしそれはトレーニングを受け、練習することである程度克服できる。そして職を得られればさらに自信がつく。車輪が自然と良いほうに回っていく。ラー財団の狙いはそこにある。

「人生で何か新しいことを始めたかった」

仕事がないのは若者ばかりではない。女性たちも同様だ。ムンバイのような大都市部と違い、地方では求人数が大きく減る。

ラー財団では地方の女性たちにミシンや織機を提供して3、4カ月の間に、週3~4日、3~4時間、縫い物やパッチワーク、刺繡(ししゅう)、織物を教え、商品化するトレーニングもする。対象の年代は20~40代までさまざま。直近の一年では1200人以上の女性が参加したという。製品が作れるようになると、市場との橋渡しをする。

「手先が器用な女性が多いのですが、それをどう売ったらいいのかわからない。そのお手伝いをします」と財団の担当者、ビーナ・シャーさん。小物入れやバッグ、壁掛け、敷物、テーブルセンターなどを作る。これまで廃棄していた端切れを利用して作ることもあり、ごみ削減にも気を配る。

若者のトレーニングセンターのあるペンでは、女性たちへのトレーニングも行っている。若者は拠点のセンターに集まるが、女性たちは日々の家事で忙しい。洗濯機などの便利な電化製品はないので、家族の洗濯だけでも大変だ。このため、トレーニングは女性たちの自宅近くまでスタッフが出向いて行う。

ペンの若者トレーニングセンターのスタッフと講師たち=2024年7月7日、インド・ペン

参加者たちに話を聞いた。

「自分の人生で何か新しいことを始めたかったんです。私の生活は本当に変わりました」と目を輝かせて語ってくれたのはマネシさん。「日々のストレスから解放されて、お金まで稼げるんです。こんな日が来るなんて思わなかった」

レシュマさんは「ここに来るまでは孤独でした。でもここで友だちが増えて。忙しくなったけど、毎日がとても充実していて楽しいです」。裁縫が得意な彼女は、今では先生役として女性たちに技術を教えるようになった。

ここでも女性たちが口をそろえたのは「自分に自信がなかった」ということだった。「若者も女性も、みんな、能力があってもそれを発揮できない。私たちのトレーニングはきっかけを提供して、能力を引き出すんです」とシャーさん。「稼いだお金で子どもたちの教育に力を入れる人も多いです。そうして貧困の連鎖を断ち切ることもできます」

毎日の暮らしで多忙な女性たちは、友だちと会い、気楽におしゃべりすることもままならない人が多い。「ここで何が楽しいですか?」と聞いたら「しゅうとめの話をみんなですること!」と1人が言って笑いが起きた。「日々の暮らしの悩み、つらさも、みんなで集まって手を動かしながらおしゃべりをすれば気が楽になるんです。そうして、手に職をつけて給料を得て、自分に自信を得ていくんです」(シャーさん)

ラー財団の支援を受けてトレーニングを受講した女性たち。作った製品を手に=2024年7月7日、インド・ペン

地道な営業、顧客1万人以上の女性も

さらに郡部になると、貧困度は増す。そんな地域でも、女性たちの自立をめざしてプロジェクトは行われている。

ムンバイから電車で2時間、さらに車で2時間ほど山道を登っていく。舗装が不十分な道には、雨期であちこちに水たまりができていて、車が通ると派手に水しぶきが上がる。車に交じって牛が行き交い、道沿いにある雨にぬれた木々の緑が美しい。

川べりにたらいを持ち込み、洗濯をしている人たちがいる。ちょうど田植えのシーズンのようだったが、代かきや田植えに機械を使っている風景は全く目にしなかった。牛や馬にくわを引かせ、人びとは並んで手で田植えをしていた。

ヤショダ・マルカリさんはそんな地域にある人口700人のクンジュ村に住む37歳の女性だ。夫と15歳の娘と11歳の息子、義理の父母の6人暮らし。彼女はラー財団から携帯端末を貸してもらい、トレーニングを受けて「起業」した。日本でいうフリーランス、個人事業主のようなイメージだ。農村部では高齢者を中心に十分な読み書きができない人も多い。「この村では5~7割の人たちが読み書きができません」とマルカリさん。そこで携帯端末でネット銀行での取引を代行し、少額の手数料を得ている。

家族で米や豆を作っているが、ほとんど自給用で、現金収入が得られない。子どもの教育にもお金がかかるため、研修に参加してみたのだという。銀行取引の代行の他にも、子どもが生まれたときなどに政府に出す書類の手続き代行、ネットショッピングの代行、バスチケットの販売代行など、自分であれこれ考えてビジネスを広げてきた。

「こんなこともできないか、あれもできる、とか考えるのがとても楽しいです。収入も得られ、いいことばかり」。そうして月に5千~6千ルピー(約9400~1万1千円)の収入を得ている。

「家のフローリングも私の収入で替えました」と語り、まだピカピカの家の床を見せてくれた。マルカリさんの表情はとても生き生きとして、自信に満ちていた。収入の半分を日々のやりくりに使い、残りは貯金しているのだという。「そういう自分の経験から、お客さんに家計簿の付け方や、貯金のアドバイスをすることもあります」

夫の運転するバイクの後ろに乗って、近隣の村に「営業」に出かけることもある。そうして開拓した顧客は1万1900家族以上になる。全てをノートに記録している。それを誇らしそうにマルカリさんは見せてくれた。

「彼女たちに必要なのは『機会』だけなんです。機会が提供されれば、やがて自分で工夫して自立し、走り出していくんです。彼らにはその能力はあるんです」と強調するのはラー財団の創設者で最高経営責任者(CEO)、サリカ・クルカルニさんだ。同財団では支援を提供する際も、常に「出口」を意識している。支援を永久に続けることはできない。だから独立し、自走してこそ自尊心が生まれ、自信がつく。そしてさらにやる気を得て工夫をし、事業を広げていく。

同じような山間部で、雑貨や食料品など小さな商いをする女性たちに、スマートフォンを提供して、売り上げや仕入れの管理、つけで売ったときの記録などができるアプリの使い方を教えるプロジェクトもある。彼女たちは、それまでスマートフォンを持っていなかった。最初の半年だけは通信料を財団で支払い、そこから先は自分で支払う。「商売がどうなっているか格段に把握しやすくなったし、つけの取りっぱぐれもなくなりました」と女性たちは教えてくれた。

女性支援には、織物のトレーニングもある=2024年7月8日、インド・シロシ

機会があれば、一歩前に踏み出すことができる。そうやって力をつけて自信も得て、自走し始める。「少し」は決して「少し」ではない。未来につながるきっかけなのだ。