世界には深刻な森林破壊が問題となっている地域が多くあります。インドもその一つです。モンスーン(雨期に降る雨)などによって、かつては豊かな植生がはぐくまれ、多様な野生動物がすんでいた地域も、はげ山や荒れ地のような状態に。インドのムンバイに拠点を置くNPO「ラー財団」は、元の姿に戻し、それ以上の未来をめざそうと取り組んでいます。

豊かな自然を破壊するのは簡単だ。一本の木を伐採するのはあっけない。けれども、その再生には気が遠くなるほど時間がかかるが、あきらめずにそれを始めた人たちがいる。そして確かに成果が出始めている。

インドの西ガーツ山脈は、インド半島の西側を貫く山脈だ。南西からの季節風がぶつかることで、毎年、雨期には大量の雨が降る。多様な植生と豊かな生物多様性を育み、2012年にはユネスコの世界自然遺産に登録された。

しかし、この自然も危機に瀕している。インドでは森林を無秩序に伐採して売ったり燃料に使ったりする森林破壊が深刻な問題になっているが、この西ガーツ山脈も例外ではない。インド政府の調べによれば、インド全体では、1947年の独立当時、国土の49%が森林だったが、今では21%にまで減ってしまったという。

ジャングルが荒れたはげ山状態に

この深刻な事態に立ち向かっている人たちがいる。インド西部の大都市ムンバイに拠点を置くラー財団は「リグリーン・ネイション」(ReGreen Nation)という森林再生のプロジェクトを、西ガーツ山脈北部に位置する都市、ナシク近郊で2022年から始めている。

森林は二酸化炭素を吸収し、大気中の温室効果ガス削減に貢献する。また、森林には水源を育み、水を浄化する機能がある。そうして生態系を回復させ、水の供給を持続可能にしたい、という狙いもある。

ナシクはムンバイから車で4、5時間北上したところにある。さらにそこから車で舗装がところどころ不安定な道を車で30~40分ほど行ったところにダリという村がある。そのダリが現場の一つだ。対象地域は自治体の土地で、430エーカー(約1.74平方キロ)。東京ディズニーランドの3~4個分くらいだ。何となくイメージがつかめるだろうか。一面が見渡せる丘陵地帯だ。

「私の小さい頃は、このあたりはジャングルでした」と語るのは、プロジェクトのスタッフとして参加しているダリの村民、マドゥカル・ゴノさん、55歳だ。

ジャングル、といわれてもにわかには信じがたい。周囲は多くが荒れ地で、森林再生プロジェクトのおかげで草や植物が少しずつ育ってはいる。しかし大人の身長より高い木は1本もない。

「野生動物もたくさんいて……。虎もいたといいます。でも私の成長につれてジャングルの木を伐採してどんどん売り、燃料として使ってしまいました」

その結果、プロジェクトが始まる前は、荒れたはげ山の状態だったという。同じくスタッフとして参加しているディパック・コテさんは32歳。彼の年代になると「小さい頃から木はありませんでした」。

地域の経済的な自立も目指す植林

プロジェクトでは5カ年計画を立て、はげ山に植林を始めた。最初は根を地中に深くはり、保水機能や乾燥に強い植物を中心に植える。木が育ってきたときに再び伐採して元のもくあみ……とならないように、レモンやマンゴーといった商品作物を20%、あるいはアーユルベーダ(南アジアの伝統医療)に使える薬用の樹木を10%、絶滅の危機に瀕している植物も10%交ぜて植えている。地域の経済的な自立も目標なのだ。そうやって社会の構造から変えていかないと、根本的な解決にならないからだ。

この地域には雨期には激しい雨が降るが、雨水で土壌が流出せず、水が土中にとどまるよう丘の斜面のところどころに石を積み、水をせき止める小さなダムのようなものをつくっている。石で囲った池もつくり、水まきに使ったり、野生動物が飲めたりできるようにしている。

石で囲んでつくったため池=2024年7月9日、インド・ダリ、筆者撮影

地域住民は放牧をなりわいにしているが、牛が育ち始めた植物を食べてしまわないように監視をしている。加えて、牛が近づかないようにサボテンなど「柵」になるような植物も植えている。こういった作業には村民を雇い、雇用も作り出している。

村にはソーラーパネルを提供して、木々を伐採したまきで火をおこさなくても調理ができるようにした。

そのようにして、これまでダリを含めて600エーカー(約2.43平方キロ)の地域に10万5千本の苗を植え、うち8割が枯れずに生育している。そればかりか、自然の樹木も生え始め、天然の泉も湧き出すようになった。

斜面のところどころに石を積んで、雨水や土壌が流出しないようにしている=2024年7月9日、インド・ダリ、筆者撮影

「自然は裏切らない」

野生動物も少しずつ戻ってきた。アリが巣をつくり、トンボやチョウが舞うようになり、トカゲや蛇も姿を見せるようになった。野ウサギ、キツネがやってきて、クジャクが卵を産み、鳥のさえずりも聞こえるように。かつて多くいたヒョウも戻りつつある。

「自然には再生能力があります。私たちは自然に『機会』を与えているんです」と語るのは、ラー財団で「リグリーン・ネイション(ReGreenNation)」プロジェクトの責任者であるサラユ・カマットさん。「正しく手をかければ自然は裏切らない。必ず応えてくれます。以前は何もない、静かな土地だったのに、今は緑が増えて、鳥のさえずりが聞こえるんです」

森林再生プロジェクトが行われている地域で、プロジェクト開始前の乾期、2023年4月に撮った写真(ラー財団提供)

プロジェクト開始後、雨期である2023年9月に撮った現地の写真(ラー財団提供)

プロジェクトは5年を一区切りとしているが、カマットさんたちはさらにその先を見据えている。「10年後には、ダリは植えた植物から年間2万ドルの収入が得られるようになることをめざしています。エコツーリズムも行おうと準備をしています」。対象地域はさらに広げていくつもりだ。「2030年までには西ガーツ山脈の5万エーカー(約202平方キロ、ちなみに川崎市は約144平方キロ)の再緑化をしたいと考えています」

森林再生プロジェクトの地域、ナシク県の行政職トップである執行官アシマ・ミッタルさん(右端)とラー財団のスタッフら。「彼らの活動は地域にとって非常に重要」とミッタルさん=2024年7月9日、インド・ナシク、筆者撮影

私が現場を去るとき、カマットさんが言った。「今のこの状態を覚えていてください。そして数年以内にもう一回、必ず来てください。ものすごく光景が変わっているはずだから」。そのときが楽しみだ。