乾く土地、消えた小鳥 森の再生へアンデス在来種を植える地域の試み
気候変動の影響で土地が砂漠化するなど影響を受けるペルー。アンデス固有種の植樹で森林を再生し、土地に水を取り戻す取り組みが続いています。その成果とは?

気候変動の影響で土地が砂漠化するなど影響を受けるペルー。アンデス固有種の植樹で森林を再生し、土地に水を取り戻す取り組みが続いています。その成果とは?
南米ペルーで気候変動が土地や人々の暮らしに深刻な影響をもたらしている。氷河の後退や雪が降らないことによる土地の砂漠化。水を確保できないことで農業も難しくなったという。そんな中、先住民族の生物学者がアンデス固有の在来種の木を植える活動を始め、地域の人々を巻き込んで広がっている。写真家の林典子さんが現地でその活動を取材した。(文中敬称略)
ペルー南部の都市クスコから約80キロに位置する、標高3960メートルの村、パタカンチャ。この日、フリアナ・キスペ(32)は友人のフェリシア・マチャカ(39)と自宅から1時間ほどの高台に5カ月前に植樹をした「ケウーニャ(ポリレピス)」の苗木の様子を見にいくことにした。
急斜面を登りながら、細く伸ばした羊の毛をプスカと呼ばれる紡錘(ぼうすい)に巻き付ける。道端で摘んだ草花で毛を染めて、スカートやスカーフにするのだという。ようやくあたり一面に広がるケウーニャの苗木の茂みを見つけると、2人は腰を下ろし、数本の苗木の根元の土を両手で丁寧に固めた。
人口850人の村パタカンチャでは、毎年雨期が始まる12月にアンデス地域の在来樹木である、ケウーニャを植樹する「ケウーニャ・ライミ植樹祭」が行われている。昨年は村の内外から集まった1500人が参加し、標高4200メートル付近の村の高台に約6万本のケウーニャが植樹された。
ペルーは気候変動による氷河の後退や降水量の変化、土壌の侵食などが深刻化し、水源の枯渇や洪水といった自然災害のリスクに直面してきた。ここパタカンチャ村では住民の多くがジャガイモやそら豆などを栽培する農業で生計を立てている。「昔は周囲の山々の雪が解け、その水がゆっくり濾過(ろか)されて、作物を栽培する土地を潤していましたが、今は雪がほとんどなくなりました。そのことで、土地の砂漠化が進み、農業が影響を受け、雨期には土砂崩れが起きる恐れもあったのです」とフリアナは言う。
そんな中、アンデス高地の先住民族ケチュアの農家の家庭に生まれた、生物学者のコンスタンティーノ・アウッカ・チュータス(60)は2000年に「アンデス生態系協会(ECOAN)」を設立し、標高4500メートルで、他の多くの木が育たない寒く不毛な斜面でも繁茂するケウーニャを植えることで、アンデスの森林を再生する活動を始めた。
ケウーニャは山から立ちのぼる霧から水を吸収し、地下で水を貯蔵し広範囲に流す。結果的に、低地の農作物が育ちやすくなり、砂漠化して侵食された土地を健康な土壌や湿地帯に変え、気候を調節して山の生態系を維持する役割を果たすという。
ECOANがパタカンチャで村人たちと共に植樹を始めたのは2006年。ケチュアの祖先はインカ時代から、お互いに助け合うという伝統的な価値観を引き継いできたという。コンスタンティーノは祖先から引き継がれたこの価値観をケウーニャの植樹にも応用し、NGOや活動家が先導して植樹をするのではなく、「村人たちと連携して一緒に森林を再生していく」というコンセプトを大切にしてきた。ECOANはこれまでパタカンチャを含む25のコミュニティーと連携し、ペルー南部だけで約450万本のケウーニャを植樹してきた。しかし植樹が必要な環境にあっても、全てのコミュニティーで実現できるわけではない、とコンスタンティーノは話す。
「植樹の目的を理解している、しっかりと組織された村々と連携して活動をするようにしています。私たちは木々を植える土地が誰の土地なのかがはっきりしていて、植樹をしても住民同士で争いが起こらず、土地管理が出来ているコミュニティーを選んでいます。ケウーニャを植樹した後も、将来伐採せず、村人たち自身の手で森を継続的に守り、管理できるコミュニティーと協力関係を築いてきたのです」
ケウーニャは、かつてアンデス地域の森を覆っていたという。しかし、今は森林面積の5%しか残っていない。15世紀に最盛期を迎えたインカ時代、森は動物を捕まえるために焼かれ、16世紀にスペインからの征服者たちが来た時には、彼らの家畜が食べる草を育てるために焼き払われたという。またケウーニャは薪や屋根の材料にも適しているため、よく伐採されてきた。
「ケウーニャの植樹を始めてから、村では水を持続的に確保できるようになりました。以前よりも小鳥が見られるようになりました。もしもケウーニャの植樹を始めていなかったら、今ごろ土地は乾き、今ほど農業を円滑にできていなかったと思います」。パタカンチャの副村長で、ケウーニャ・ライミ植樹祭に初期から関わってきたガブリエル・キスペ(42)はこう話す。
現在ECOANの植樹プロジェクトはペルーだけではなく、アルゼンチンやボリビア、チリなど南米各地に広がっている。この5年間でECOANは南米各地で合計1千万本もの樹木を植樹してきた。それでもコンスタンティーノは、その取り組みは次の世代にとって「あまりにも微々たるものだ」と話す。
「気候変動による打撃はあまりにも大きいのです。私たちは地域社会をもっと巻き込み一丸となって取り組む必要があります。私たち人間の行動が気候変動の影響を加速させてきました。今の暮らしを続けていけば、いつか私たち自身がこの脆弱(ぜいじゃく)な地球を滅ぼしてしまうでしょう」
今、パタカンチャ村に設置されているグリーンハウス(温室)には、今年12月に植樹する予定の約4万5千本のケウーニャの苗木が育てられている。この村はインカ時代の伝統や文化、生活スタイルを今でも残す、数少ないアンデスのコミュニティーとして知られている。
副村長のガブリエルは、村が一望できる高台にある自宅の隣に宿泊客は4組だけの小さなゲストハウスを経営している。体験型ツーリズムを通して、この地域の踊りや、伝統的なオレンジ色のポンチョの織物、この村で取れる野菜やハーブを使った食文化などを登山家や観光客に伝えている。
「毎年、植樹祭が開催される日には、パタカンチャの長老、女性、幼い子供から大人まで村人全員が総出で長い列を作って険しい山道を歩いて植樹に参加するんです。先祖から継承してきた村での暮らしを守って、将来につないでいくために、自分たちの手で森林を回復させないといけないのです」