アメリカのトランプ大統領による米国際開発局(USAID)解体の方針が、人道援助の世界に激震をもたらしている。すでにいくつもの国でプロジェクトの停止や撤退が起きている。自国第一主義が台頭し、危機にある人道主義と多国間協調に、日本から何ができるのか。国境なき医師団(MSF)が4月に東京都内で開いた「人道援助コングレス東京2025」で、支援にあたってきたNGO関係者、ジャーナリスト、学識者、学生、国会議員らが知恵を寄せ合った。

USAID解体の影響は

USAIDは米国外で開発援助や人道援助に携わり、2023年度は約130カ国での事業に計400億ドルを拠出してきた。しかし、2025年2月末に本部が閉鎖され、職員は解雇。ルビオ国務長官は3月、事業の83%を打ち切り、残りは国務省に吸収すると発表した。5月2日に発表した第2次トランプ政権初年度の予算要望でも、この方針は堅持されている。

「USAIDは一つの援助機関にすぎないという見方もあるが、中東やアフリカの紛争地のNGOを支援する資金の流れのどこかにUSAIDがあるとすべての事業に影響が出てしまう。現場に支援が届かなくなり、支援活動をしている人が失業するという形でショックが波及している」

ハイブリッドセッション「人道主義と多国間協調、再興の道を探る」で、イエメンの開発援助に長く携わってきた専門家の佐藤寛氏(開発社会学舎主宰)は指摘した。

このセッションは佐藤氏のほか、衆議院議員の阿部知子氏、朝日新聞with Planet編集長の竹下由佳氏、ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)海外事業部の内海旬子氏、慶応義塾大学法学部政治学科4年の鈴木志歩氏、MSF活動責任者の末藤千翔氏の5人が登壇。外務省国際協力局の田口一穂・緊急・人道支援課長がコメントした。モデレーターはジャーナリストの榎原美樹氏が務めた。

写真は上段左から竹下氏、鈴木氏、末藤氏。下段左から榎原氏、内海氏、阿部氏、田口氏=2025年4月24日、Ⓒ MSF

PWJの内海氏は事業への具体的な影響について語った。

「USAIDの凍結は突然過ぎて、天変地異が起こったように感じた。計4億円分の事業が止まり、いかにして次のステージに進むかを考えた。イラクでの事業はシリアの難民、国内避難民の生計支援にかかわる活動だったが大きく計画が狂うことになった。子どもの教育や医療にも影響が及んでいる。規模が大きすぎてどうにもできなかった」と振り返る。

6月末までに会計報告も含めすべてが終了する予定で、現地の職員は解雇せざるを得なくなったという。

「支援の打ち切りで仕事がなくなったのは当団体だけではない。次の仕事があるのか、あっても続くのかわからないまま(次の仕事への)推薦状を書くことしかできなかった」

アフガニスタンでは

支援が突然止まるのは、USAIDが初めてではない。末藤氏は、MSFの活動責任者として赴任したアフガニスタンの事例を挙げた。

MSFが支援する病院で、栄養失調の治療を受ける生後5カ月の子を見守る母親=2024年5月25日、アフガニスタン北部マザリシャリフ、Ⓒ Jinane Saad/MSF

タリバン政権が復権する2021年以前、アフガニスタンでは国家予算の75%を国際援助に依存せざるを得ないシステムが構築されていた。タリバンが政権を再掌握すると、主要な支援国は制裁を科して、教育、食料、医療など命に関わる支援が大幅に縮小した。

世界保健機関(WHO)が2025年3月に発表したレポートによると、すでに167の医療施設が閉鎖、220が閉鎖の危機に直面していた。

「今年の最初の8週間で4800人のはしかの子どもがMSFが活動をサポートする病院に来院。統計上では毎日1人が亡くなった。予防接種があれば救えた命だ。さらには1カ月に1500件の複雑な出産介助をしても、外には妊婦が列をなす。必要な物資があり、十分な医療を提供する病院が他にないからだ。経済制裁や政権不承認の陰で苦しむ一般市民をどう守ればいいのか」

メディア空間に広がる「国内も大変なのに」の声

佐藤氏は先進国の援助からの撤退には、国際協調の2つの大きな潮流があるとした。一つは「援助疲れ(AID FATIGUE)」だ。1990年代以降、先進国が経済的に凋落(ちょうらく)し、他国より自国が大事という「自国第一主義」が台頭した。

もう一つは「ポストコロニアル理論」からの視座だ。先進国が構築した「進んだ国が遅れた国を支援する」という植民地主義的な支援の枠組みの中では、途上国の関係者は援助をもらうために先進国が主張する正しさに迎合せざるを得ない。

「この枠組みへの反発が、トランプの反DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)と奇妙にシンクロしてしまっている」と佐藤氏は見る。

竹下氏は、メディア空間でも「自国第一主義」をよく目にするようになった、と話した。

「低・中所得国の子どもたちには給食が重要だ」という記事に「我が国も同じだ」、「米国がWHOを脱退する」という記事に「WHOは無能力。メディアが欺瞞(ぎまん)を先導している」とコメントが付く。

共通するのは「なぜ国内も大変なのに海外を支援しなければならないのか」という疑問だ。竹下氏は「記者が援助の現場を取材し、思いや背景を合わせて発信することで読者の共感を生んでいきたい。若い世代と一緒に解決策を考えるムーブメントを作りたい」と処方箋(しょほうせん)を示した。

with Planetの竹下由佳編集長=2025年4月24日、東京都内、Ⓒ MSF

人道援助の危機に日本は何ができるのか

佐藤氏は日本の援助の特徴として、「日本人が現場に行って現地の人と一緒にやるという現場主義が好まれる」「自然災害の後の『お互い様』的な支援には積極的」、東日本大震災などで見られた「受ける側が望まない支援を拒否してもよい」という3点を挙げた。

佐藤氏は「ノブレス・オブリージュ(富貴な者の責務)に依存する形の支援は限界を迎えている。日本型援助のエコシステムはアメリカ抜きの開発援助の中で生きるのではないか」と問題提起した。

内海氏は「日本はアメリカに追随せず、国際協調を訴えてほしい。国民は政府のその姿勢を支えるというのが一つの答えになる」とした。またUSAIDの活動停止後も2事業を規模を縮小しつつも民間の寄付で続けている経験から「USAIDがなくてもできる道に気づかされた。停止はチャンスでもある」と述べた。

末藤氏は「少数の国の援助で成り立っていた既存のシステムが、持続可能なモデルでなかった可能性は高い」と指摘。「人道援助を止めれば、命が失われてしまう。それは絶対に許容されるべきではない。人道援助は中長期的な解決とは言えず、本質的な問題の解決や政治的な働きかけも必要だが、いま人道援助を必要としている人は世界に3億500万人いて、増え続けている。私たちは岐路に立っている」と話した。

3月18日に停戦合意が破られ、攻撃が続くパレスチナ・ガザ。3月初めから食料や医薬品の搬入が止まり、ほぼ底を尽いた状態にあるという。

食料不足が深刻なガザで、食べられる野草を探して歩く女性=2025年3月11日、ガザ、Ⓒ Nour Alsaqqa/MSF

阿部氏は衆議院議員として、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への支援再開や、ガザからのメディカル・エバキュエーション(医療避難)の受け入れに尽力してきた。さらに日本にできることとして、「パレスチナの国家承認」を挙げた。「パレスチナに主権を持たせることで、支援がしやすくなる」

学生としてできることを模索しているという鈴木氏は「支援を豊かな国から貧しい国へというベクトルにしないことが大事だと感じる。友達のように手と手を取り合って生きていく未来を描ければ、『支援疲れ』はなくなるのではないか」と話した。

複数のパネリストが、「中東では広島、長崎に原爆を投下された後、復興を成し遂げた国として、日本のイメージはとてもよい」と話した。現場に直接出向く日本の支援方法には、現地の人材育成や自力復興を妨げるという課題もあるが、「現地事務所に任せる西洋的な方法とは違う温かさがある」と評価されているという。末藤氏は「日本人は現地の人に受け入れられやすく、より安全に活動できる。その強みを政治的に複雑な事情の地域や国で生かしたい」と述べた。佐藤氏は「日本国憲法は前文で『国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う』と書いている。それが人道援助のリターンだという政治家に出てきて欲しい」と締めくくった。

ディスカッションを受け、外務省国際協力局緊急・人道支援課長の田口氏が「グローバルサウスとの関係強化にODA(政府開発援助)は非常に重要だが、国民の目は厳しいものがある。政府資金の拠出だけでは対応できない限界が見えてきた。企業や市民、社会が一体となって人道危機に取り組むことが非常に重要になってきている」とコメントした。

セッションで国際支援のエコシステムの変容について講演した佐藤寛氏=2025年4月24日、東京都内、Ⓒ MSF

「自国第一主義」を超えるもの

今回のシンポジウムでは、「トランプショックがなくとも、人道援助の危機は起こり得た」という指摘があった。

従来型のモデルが行き詰まった現在、開発援助の面では、人道上の課題を抱える当事者国の意向を聞きながら、多国間協調で行う調整型の支援の重要性が高まっている。

「共に手を取り合って未来へ進む」あり方が、きっとふさわしい。そしてそこに、「自国第一主義」を超えるヒント、一筋の希望が見えたシンポジウムだった。