さまざまな社会課題に、自分の仕事を通して取り組めないだろうか。そう考えたことはありませんか? NPO法人「クロスフィールズ」が実施する「留職プログラム(以下、留職)」は、自分の仕事の経験やスキルを途上国や新興国の企業・団体で生かし、社会課題の解決に取り組むものです。どんな実施内容で、どんな成果が期待され、またどんな実績があるのか。クロスフィールズの松本初穂子さんが解説します。

「ビジネスのあり方を変えることが、社会課題の解決には必要ではないか」。民間企業を退職し、国際機関で働くことを目指していた私がこの考えに至ったのは、コスタリカの大学院で「持続可能な開発と責任あるビジネス」の修士課程に在籍していた時のことです。

そしてまさにビジネスとソーシャルの異なるセクターをつなげて社会課題を解決する「クロスフィールズ」に出会い、大学院の卒業後に広報として働くことになりました。本記事では、クロスフィールズが展開する「留職プログラム」がもたらすインパクトについて、私の視点でお伝えしていきます。 

13年間で250人以上が「留職」

クロスフィールズの事業の一つである「留職プログラム(以下、留職)」は、ビジネスセクターの力を活用して、国内外の社会課題解決に取り組むものです。留職は、日本の企業で働くビジネスパーソンが3カ月から半年にわたり、国内外で社会課題の解決に取り組むNPOや社会的企業に飛び込むものです。2011年から開始され、これまでに250人以上が参加しました。

留職の目的は、主に二つあります。一つは参加者がこれまで培ってきた経験や知識を生かして、現地の社会課題解決に貢献することです。NPOなどのソーシャルセクターでは、組織の規模拡大や課題解決の加速のための人的リソースが足りない現状が多くあります。そこで留職では一定期間にわたりビジネススキルのある人材を派遣し、彼らの貢献によって、現地の課題解決を加速させることを目指しています。

もう一つが人材育成です。越境して普段とは全く異なる環境に飛び込み、様々な価値観を持つメンバーを巻き込みながら自律的に活動するなかで、参加者のリーダーシップが養われます。加えて「自分も社会課題の解決にコミットできる」という原体験を得ることで、留職後に企業に戻った後、ビジネスを通じた社会課題の解決により強い信念と高いスキルをもって取り組めるようになることを目指しています。

これらの目的を実現するために、クロスフィールズのプロジェクトマネージャーは、プログラムの企画設計から帰国後のフォローまで一貫して伴走します。企画設計では、国内外の150以上のNGOや社会的企業のなかから、参加者のスキルと経験を最も生かせる団体をマッチングします。

留職者を派遣する団体を探すため、話を聞くクロスフィールズのスタッフ=インド、クロスフィールズ提供

派遣第1週は現地に同行し、双方の信頼関係の構築をサポート。その後は日本からリモートでの1on1面談などを通じて参加者による社会課題解決を後押しします。帰国後は複数回の事後研修を通じて、「留職での学びや経験をこれからの仕事にどのように生かして社会へ提供する価値を生み出していきたいか」という点で思考を深め、参加者の今後のキャリアへの接続もサポートします。

こうした取り組みを通じて、これまで現地の課題解決が加速された事例がいくつも生まれました。今回はインドネシアとインドの二つの事例をご紹介します。

スキルや経験で新興国の現地に貢献

1人目は映像制作関連の企業からインドネシアに留職した30代の男性です。カメラマンとしてキャリアを積んできた彼は、「映像を通じて国際協力に取り組みたい」という気持ちから留職に参加しました。ジャカルタにある派遣先のNPO「レイチェル・ハウス」は、エイズウイルス(HIV)感染などで苦しむ子どもたちの緩和ケアに取り組む団体です。

派遣先では、団体が資金調達で使用する動画の制作や広報用の写真撮影などを行いました。彼は団体が支援する子どもたちと触れ合う一方で、HIV感染者やがん患者がある日突然に死を迎えてしまうつらい現実も経験します。

「目の前で病気に苦しむ子どもに何もできない」という葛藤に向き合いながら、彼は自身のスキルである映像撮影や動画編集に全力で取り組みました。その結果、彼が作った動画は、今でも団体のファンドレイジング活動で活用されています。

2人目は大手製薬会社からインドに留職した40代の男性です。彼は製薬研究や複数の海外案件の担当経験があり、「新興国の社会課題に真正面から向き合いたい」という気持ちから留職に参加しました。活動先はインド・ムンバイを拠点に子ども向けの健康診断サービスの提供や高栄養価の食品の生産・販売・配布などに取り組む団体「ザ・ブレックファスト・レボリューション」です。

活動を開始してすぐ、団体が支援する子どもたちの住環境を目の当たりにし、「しばらく言葉が出なかった」と言います。「より多くの子どもたちに団体が取り組む栄養改善プログラムを提供し、彼らの笑顔を増やしたい」と決意し、3カ月で団体の事業拡大の戦略立案やプロジェクトマネジメントに取り組みました。その結果、団体の代表が「いつでも戻ってきてほしいと思うほどの成果をあげてくれた」とコメントするほど活躍しました。

これまで実施した250以上の留職プログラムの一つひとつにこのようなストーリーがあり、様々な形で現地の社会課題の解決に取り組んできました。もちろん社会課題の解決は一朝一夕で実現できるものではなく、プログラム期間で参加者が貢献できることは限られています。しかし、受け入れ先の団体と継続的に対話をするなかで、留職での取り組みが団体の長期的な変化と社会的インパクトの創出につながっていることを多く実感しています。

例えばインドで貧困層向けの電力供給事業に取り組む社会的企業E-handsとは10年にわたり協働し、これまで7名の留職者を送ってきました。E-handsはインドの農村部に自然エネルギーシステムを導入し、経済的かつ環境負荷も低いエネルギー源を提供することで、農村部の未電化や電力不足といった課題解決に取り組んでいます。

E-handsはこれまでエンジニアや新規事業開発に携わる留職者を受け入れており、代表のラグー・チャンドラセカランさんは「日本企業でエンジニアや営業など多様なビジネス経験を培ってきた留職者は、私たちにとって貴重な存在になっている。これまでも彼ら独自の視点で新規事業を生み出したり、既存事業の改善に取り組んだりして、私たちが取り組む『農村部に電気を届ける』活動を加速させてくれた」と話しています。

ビジネスパーソンが社会課題解決に向き合う意味

E-handsの代表と話すなかで、「私たちが長年にわたって留職者を受け入れる理由の一つに、インドにおける社会課題への関心が高い日本のビジネスパーソンを増やすことがある」ということを伺いました。「留職者が日本企業でより影響を生み出せる立場になった時に、彼らの頭の中にインドへの社会課題に関する知見や意識があれば、何か一緒に生み出せるのではないかと期待している」からだ、と言います。

この言葉は、留職のもう一つの目的である「社会課題解決を牽引するビジネスパーソンの育成」と重なると感じています。留職に参加した日本のビジネスパーソンが、現地活動や事後の振り返りを通じて、「自社事業を通じて、自分はこのような社会課題の解決を実現したい」という気持ちを抱き、ビジネスを通じた社会課題の解決に取り組んでいくこと。留職ではその実現に向けて、参加者のリーダーシップ醸成にも取り組んでいます。

社会課題が複雑化・多様化するなか、NPO・行政・ビジネスなど様々なセクターが協力してその解決に取り組むことが求められています。企業による事業を通じた社会課題の解決が重要視される一方で、「社会課題に関心があったり、社会課題解決の経験を有したりする社員が少ない」などの課題も多く、その実現が容易でないということも多く聞こえてきます。

そのため、留職では「実際に社会課題の現場に飛び込んで、自ら課題解決する経験を持ったリーダー人材」を生み出し、彼らが日本企業に戻った後、社会課題解決型の事業を牽引していくことも目指しているのです。

社会課題解決への第一歩

留職は企業研修の枠組みとして実施されるプログラムですが、私は「社会全体で課題解決が促される仕組みづくり」に取り組んでいると感じています。このビジョン実現までの道のりは遠いのですが、留職を経験した人々がリーダーとなり、事業を通じた社会課題解決を実現することを信じています。

一方で、社会課題の解決に携わる方法は、留職に限ったものではありません。もし「何か行動したい」という気持ちがあればまずは小さな一歩でもいいので、身の回りで課題を見つけ、行動してみてはいかがでしょうか。「社会課題」は遠く離れた国の貧困問題だけではありません。自身の身の回りで違和感を感じたり、気になったりすることに目を向け、その解決に向けて行動を起こすことが社会課題の解決への第一歩だと感じています。自身の気になる課題に取り組む団体への寄付やボランティアから始めてもいいですし、最近では日本でもNPOへの転職がキャリア選択の一つになりつつあります。

行動をするなかで「実は自分のこのスキルが社会の役に立つ」ことがわかったり、組織を超えて様々な人と協働するなかで自身の成長につながったりするかもしれません。ぜひ、最初の一歩を踏み出していただけるとうれしいです。