今年8月、アフリカの開発課題をテーマにした国際会議「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)が横浜で開かれます。冷戦終結後、アフリカに関する関心が薄れつつある中、日本政府の主導で1993年に始まったTICADは、日本とアフリカ諸国がともに行動する場として、30年以上たった今も続いています。地理的、歴史的、文化的には決して近いとは言えないアフリカですが、かの地に魅入られ、起業や支援、交流などの活動を重ねている人たちは確実に増えています。世代を超えた交流や協働を進める企業「GENERYS」の分科会の一つ、アフリカワーキンググループ(AWG)は、こうした人たちのネットワーキングの場となっています。TICAD9に向け、AWGの参加メンバーに「アフリカと私」というテーマでアフリカとの関わりや寄せる思い、将来の夢などを書いていただきます。第6回は、NPO法人「アラジ」を立ち上げ、シエラレオネでシングルマザーへの支援に取り組む下里夢美さんです。

ダイヤモンドに将来を奪われた子どもたち

私が西アフリカの小さな国「シエラレオネ共和国」を知ったのは、高校2年生、17歳の時でした。ドキュメンタリー番組「世界がもし100人の村だったら」でストリートチルドレンとして紹介されていたのが、シエラレオネで生まれた8歳の男の子、アラジ君です。彼は内戦で両親を失い、兄弟を養うためにダイヤモンド鉱山で鉄くずを探しながら、学校に通える日を夢見ていました。

彼の言葉は、私にとって忘れられない衝撃となりました。「学校に行って勉強がしたい。勉強すれば、将来いい仕事に就いて家族を養うことができるから」

私自身も母子家庭で育ち、母が再婚するまでは生活保護を受けながら暮らしていましたが、両親を失ったアラジ君は働くしかない。その現実に驚きました。そして、夢を描き努力できること自体が、どれほど恵まれたことなのかを痛感しました。

シエラレオネでは1991年から、政府と反政府勢力である革命統一戦線(RUF)が、ダイヤモンド鉱山の利権をめぐり激しい内戦を繰り広げていました。2002年の内戦終結までに、国民の半数にあたる約200万人が難民となり、約7万人が命を落としたとされています。

反政府勢力が武器取引の資金源として利用したダイヤモンド原石は「紛争ダイヤモンド」と呼ばれ、加工後の原石は約6割が工業用途、4割が宝飾品として流通しています。世界銀行によるとシエラレオネでは、現在も内戦の影響により国民の9割が1日6.85ドル未満の貧困ライン以下で暮らしています。私たちが当たり前に手にできるダイヤモンドは内戦を長引かせ、その輝きを一度も手にすることのない多くの人々の命を左右し、将来を奪ったのです。こうした内戦の影響もあり、当時のシエラレオネは「世界で最も寿命の短い国」と呼ばれていました。

「将来、シエラレオネの子どもたちに教育の機会をつくる」

私は17歳でそう宣言し、大学では国際協力を専攻し、卒業後に任意団体「アラジ」を設立しました。2017年には仲間と共にNPO法人化し、2021年にはシエラレオネで現地法人「JaSiLe Foundation」立ち上げ、NGOライセンスも取得しました。現在は14人の役員・スタッフ、約700人のボランティアやマンスリーサポーターと共に、「誰もが夢に向かって努力できる社会」の実現を目指し、シエラレオネで活動を続けています。

女の子だけが学校から消えていく

私たちアラジは、まずは支援の届きにくい農村部に学校をつくることから活動を始めました。すぐに学校建設やトイレ設置、教材の提供などを実施し、延べ2千人の貧困世帯の子どもたちが新たに学校に通えるようになりました。

支援を受けるシングルマザーの少女と赤ちゃん=2021年4月、シエラレオネ・ケネマ県、筆者提供

一方で大きな課題にも直面しました。それは「学校をつくっても女の子だけが消えていく」という現象です。私たちの支援で学校へ通えることになった16歳の少女イェーリーさんの突然の妊娠により、その理由が明らかとなりました。

貧しい祖母と暮らしていたイェーリーさんは、優秀な成績を収めていましたが、ボーイフレンドとの間で予期せぬ妊娠をしてしまったのです。 ボーイフレンドの家族は妊娠させたことを認めず、イェーリーさんは村の親戚宅でひそかに出産することになりました。彼女のようなケースは決して珍しくなく、シエラレオネでは10代の少女たちの約6人に1人が若年妊娠により、学校を中退しているという事実が明らかになりました。

シエラレオネの人々は主にイスラム教を信仰しており、結婚前の性交渉がタブー視されています。そのため、学校や家庭で避妊方法を知る機会がほとんどありません。また男性優位の社会では性交渉を断ることができず、予期せぬ妊娠をする女の子が後を絶ちません。 貧困から売春を強いられる少女もいます。さらに、性暴力を受けた場合でも中絶は禁じられており、彼女たちには出産しないという選択肢はありません。また、シエラレオネでは18歳未満の性交渉も処罰の対象となっており、男性側が刑罰を恐れて逃げてしまい、責任を取らないケースがほとんどです。

妊娠をした女の子たちは、復学を希望していても、妊娠を理由にいじめを受けることを恐れ、転校を考えます。しかし、貧困が原因で新しい学校の制服代3千円すら支払えず、学校をやめざるを得ない状況になります。こうして負の連鎖が次世代の子どもたちに引き継がれるという深刻な社会課題があります。

そこで私たちは、新たに「若年妊娠をした貧困家庭の女の子への復学サポート」を実施することにしました。妊娠した女の子たちは、地域からの疎外を恐れ、自宅で隠れるように過ごしていることが多いです。この状況に対応するために、産婦人科、警察の家庭支援課、教育省と連携し、受益者となる女の子の情報を収集して、すでに10代シングルマザーの復学を受け入れている転校先を手配しています。また、予期せぬ妊娠を防ぐため、包括的な性教育の提供も開始しました。

事務局を置く地域で、中学・高校100校の約4万人に出張型の包括的性教育を提供している。男子生徒も対象だ=2023年2月、シエラレオネ・ケネマ県、筆者提供

10代で妊娠した女の子たちは、学費に加え養育費も必要となり、月2千円ほどを捻出するために児童労働から抜け出せなくなる現状があります。私たちは電子マネー送金システムを提供するシェラレオネの金融サービス企業、アフリマネー(Afrimoney)と覚書を締結し、毎月の現金給付を実現しました。これにより、支援を受ける女の子たちは事務所に足を運ぶことなく、支給されたSIMカードを最寄りのAfrimoney支店で提示するだけで、毎月約2千円を受け取ることができます。現在、この支援を通じて60人の10代シングルマザーが復学を実現しています。

電子マネーが命を救う

実は、世界の電子決済の約7割はアフリカで行われているという調査があります。その先駆けとなったのがケニアです。ケニアは、世界で初めて携帯電話を利用した送金システムを導入した国であり、この「電子マネー」は人々の暮らしを大きく変えました。それは単なる送金・決済手段にとどまらず、命を救う力を持っています。

例えば、ケニアで広く普及する「エムペサ」では、電子決済や送金だけでなく、融資、キャッシング、分割払いといった金融サービスも提供されています。シエラレオネではまだ後払いや分割払いなど金融サービスの選択肢は限られています。しかし、電子マネーを通じた金融サービスが多様化すれば、例えば大型家電の購入による家事負担の軽減が女性の社会進出を後押ししたり、手元に現金がなくても子どもを病院へ連れて行けるようになったりすることで、救われる命は増えるでしょう。

さまざまな利点がある「電子マネー」は、女性や少女が安全に支援を受けることができるツールでもある=2024年1月、シエラレオネ・ケネマ県、筆者提供

アラジは、Afrimoneyによる後払いや分割払いのシステム導入を期待しつつ、将来的には政府に日本の生活保護や児童扶養手当に相当する支援制度の創設を働きかけ、支援することを考えています。電子マネーの普及によって、アフリカの人々がより自由に金融取引を行い、暗号資産で分散貯蓄が可能になるなど、自国のインフレに左右されない資産形成を推進することも目指しています。この仕組みを活用すれば、どれほど多くの子どもたちの未来を守ることができるでしょうか。

30年後に格差を残さないために

私たちが目指しているのは、30年後に格差を残さない社会です。今後、世界人口の約3分の1をアフリカの人々が占めると言われています。しかし、シエラレオネのように従業員の3分の1が女性でなければならないというクオータ制が整備されているにもかかわらず、肝心の就職できる女性がほとんどいないという国も存在します。女性たちが社会で活躍できる環境を整えることは、国の経済成長を取り戻す鍵となります。そして、今まさに教育の機会や適切な支援から取り残されている子どもたちを支援することが、より良い未来を築くための第一歩です。

包括的性教育を実施した女子高校の生徒たち=2024年5月、シエラレオネ・ケネマ県、筆者提供

私たちは、今学校に通うことのできない子どもたちへのアプローチを続けていきます。まずは約1千人の10代シングルマザーへの復学機会の提供を目指し、仲間と共にこれからも走り続けます。私たちの取り組みに参加して、未来を変える力を共に育てていきませんか。