社会課題の解決に関わるには? 学生らとキャリアについて考えた
with Planetは、社会課題に関心のある若者のキャリアについて考えるイベントを開き、社会課題の解決に携わる多様なキャリアの可能性について語り合いました。

with Planetは、社会課題に関心のある若者のキャリアについて考えるイベントを開き、社会課題の解決に携わる多様なキャリアの可能性について語り合いました。
「社会課題に取り組める就職先は?」「一般企業でもSDGsに関わることはできる?」――こうした学生の声を受け、with Planetは3月21日、社会課題に関心のある若者のキャリアについて考えるイベントを朝日新聞社(東京・築地)で開催した。第1部のトークセッションには、ビジネス、NGO・NPO、アカデミアの立場から3人が登壇し、社会課題に関わる多様なキャリアの可能性について語り合った。
イベントは3部構成。社会課題の解決に携わるキャリアを歩む先輩によるトークセッション、登壇者を囲んでのグループセッション、ネットワーキングが行われた。
トークセッションの冒頭、ファシリテーターを務めた竹下由佳with Planet編集長はイベントの趣旨をこう説明した。「社会課題に関心はあるものの、どのようにキャリアを築けばよいかわからない、といった学生の声をよく聞く。このイベントを通じて社会課題の解決に関わるキャリアの選択肢が広がり、世界が抱える課題と日本の若者をつなげるきっかけになればと考えた」
セッションの登壇者は、社会課題の解決に取り組むビジネスを社会に実装していく「ソーシャルグッドプロデューサー」の大畑慎治さん、複数の国際NGOでジェンダーやグローバルヘルスの課題に取り組む長島美紀さん、早稲田大学文化構想学部教授で特定非営利活動法人「エコプラス」の代表理事も務める髙野孝子さん。同大学で髙野ゼミに所属する学生と卒業生の6人は、イベントの企画サポートとして関わった。
竹下編集長は最初に、これまでの経歴や仕事をする上で大切にしていることを3人に尋ねた。
長島さんは現在、国際NGO「プラン・インターナショナル・ジャパン」でアドボカシーグループリーダー、認定NPO法人「マラリア・ノーモア・ジャパン」で理事、「SDGs市民社会ネットワーク(SDGsジャパン)」で普及啓発事業を担当するなど、さまざまな組織で活動している。
その経緯について長島さんは「大学院の修士論文でアフリカのジェンダー課題を取り上げたことがきっかけで、アフリカに関わる人々とつながりを持った。その人たちと一緒にアフリカに関するキャンペーン活動などを手掛けるようになった」と説明。企画や運営が得意なことが評価され、現在関わっている団体から声をかけられたという。
「結局のところ、自分がやりたいことをやってきた。私は自分ができることを口に出すくせがあり、それが仕事の依頼につながることも多い。新しい仕事に挑戦する上で大事にしているのは、その仕事を面白いと思えるか、そして関心を持って最後までやり切れるかだ」(長島さん)
「長島さんと同じく、大事なのはワクワクするかどうか」と髙野さん。アマゾンや北極海、マダガスカルなどを冒険しながら環境教育や地域づくりに携わった。1992年から任意団体としての活動を始め、2003年にNPO法人「エコプラス」を設立。その後、太平洋諸島ヤップ島での暮らしを体験するプログラムを始めた。立教大学客員教授などを経て、現在は早大文化構想学部の教授を務めている。
髙野さんは「自分が面白いと思うことをやりたい。その中で少しでも誰かの役に立てていると感じられることが大切」と語り、「NPOの立場でも大学教授としても、学びの場を作ることに一貫して関わってきた。不思議なことに、これまでのすべての経験が今につながっている」と実感を込めた。
「ソーシャルグッドプロデューサー」の肩書を持つ大畑さんは2人の話を受けて「皆マイペースで自由人。それが良い形で今のキャリアにつながっている」と答え、自身の経歴を話した。就職活動の際、40年働きたいと思える会社が見つからず、キャリアを四つのフェーズに分けたという大畑さん。最初の10年は、研究開発から商品開発、マーケティングやブランディングなど「(ビジネスの)全部がある」大手メーカーを選んだ。次の10年は、最初の10年で培った経験やノウハウを幅広い業界で生かそうと、コンサル業に挑戦した。
ソーシャルグッド領域にフォーカスしたのは2016年。前職の社長からSDGsについて聞かれたことがきっかけで「地球規模の課題はビジネスになりにくいから取り残されている」ことに気づいた。当時の大畑さんは「ブランド力もお金も人もある、大手企業の有利な環境でビジネスを作るという『勝てる』仕事をしていた。(地球課題の解決をビジネスにするのは)めっちゃ難しいからこそ、僕がやります、という感じだった」。2019年にはソーシャルグッドの社会実装カンパニー「O ltd.(合同会社O)」を設立した。
仕事をする上で大事なのは「本気で青春すること。さらに社会課題の解決には『編み出す』という姿勢が欠かせない。海外の先行事例を探すのではなく、自分たちが解決方法を生み出す、という心持ちが必要だ」と語った。
竹下編集長は次に、「学生に戻ったらどんなキャリアを選ぶか」を尋ねた。
「博士課程に進んだことを、当時は後悔した」。長島さんはこう明かす。「政治学を専攻しても就職先がなく、いわばハイリスク・ノーリターン。お先真っ暗の暗黒時代だと思っていた」。ただ、「修士論文を死ぬ気で考えて書き上げた」経験が自信になり、他分野に対しても臆することがなくなったという。「もう一度やりたいかと聞かれると答えに困るが、おそらく挑戦すると思う」
髙野さんは「キャリアは描けない」と断言する。「どんなビジョンを持っていても、絶対にその通りにはならない。違う方向に進んだり、思いがけないサポートが入ったりする。それをどう生かすかは自分次第」と述べた上で、「学生に戻ったとしたら『農』に関わりたい。エネルギーについて学び、それを地域の自立にどう生かせるかを考えたい」と語り、それが今の自分がやりたいことでもあると明かした。
竹下編集長は「ずっと記者として働くと思っていたが、デジタルの世界に移り、今はwith Planetの編集長。同じ会社にいても予想外のことばかり」と自身の経験を語った。
大畑さんは「今の価値観で学生に戻り、ソーシャルビジネスに携わるとしたら、志も大事だが、圧倒的にビジネススキルが必要」と指摘する。これを培う場としては「大企業もあればベンチャーもあり、NPOもある。それぞれに特徴があるが、大企業はほかと比べて中途採用で入りづらい。最初に入るなら大企業で自由に動けるポジションが一番良い」と、実体験を交えて話した。
大畑さんは大学院卒業後、大手メーカーの研究職として就職。1年目から新規事業創出に挑戦する部署に配属された。当時、「新しいことを生み出す」というミッションはあったものの、テーマややり方は自分たちで考え、形にしていくことが求められたという。「(グループで)2千人のうちの数人で活動する特殊部隊」の一員として10年間、新たなビジネスを生み出し続けた。「自分がやりたい研究やテーマに、会社のプロジェクトとして取り組める奇跡のポジションだった」と振り返る。
ソーシャルグッドに取り組むさまざまな人と関わりを持つ3人。三つめの質問では、その中でも印象的な事例について尋ねた。
大畑さんは興味深い会社として、海藻の栽培や研究に取り組みながら海藻食文化の普及に注力する合同会社「シーベジタブル」を挙げた。
「海のミネラルと太陽の力で成長する海藻は環境負荷が少なく、持続可能な資源として大きな可能性を秘めている」と大畑さん。「日本の海域には1500種類以上の海藻が生息し、その中には大豆よりもたんぱく質含有量が高い種類もある。日本の海藻食文化が、たんぱく質の供給が需要に追いつかなくなる『プロテインクライシス』や世界の食料危機を解決する鍵になるかもしれない」と述べた。
ただ大畑さんは「ソーシャルグッドに完璧はない」とも指摘し、「リサイクルで集めたものを運ぶ時にもCO2は排出されている。プラスも面マイナス面もあるが、志の総和として全体的にグッドになっている感覚」と明かした。
髙野さんは自身も選考委員長として関わる「ジャパンアウトドアリーダーズアワード」の受賞者の例を挙げた。「7人の受賞者のうちの1人は、森のようちえんを運営する経営者だった。息子が通っていた幼稚園が廃園になったのを機に幼稚園経営とは無縁ながら事業を引き継ぎ、森を子どもたちの学びの場とするため奮闘している」
長島さんは、「リアル下町ロケット」の例として、東京都墨田区のタンナー(なめし業者)の事例を紹介した。化学薬品を使用する従来の革なめしは環境負荷が大きいが、その企業は植物由来の薬剤を用いた独自製法「ラセッテーなめし」を開発。長島さんは「世界的なブランドとも日本で唯一取引をしており、モンゴルと技術移転の覚書(MOU)も結んだ。害獣駆除で発生した皮を再利用するプロジェクトも進んでいる」と説明した。
「技術開発のきっかけは、2代目が薬剤アレルギーだったこと。個人的な問題から始まった挑戦が世界に広がっているのが面白い。ソーシャルグッドな取り組みの種はどこにでもあるが、それをグッドに育てられるかが重要。きっかけは案外ささいなことなのかもしれない」(長島さん)
社会にインパクトを与える事例がある一方、社会課題の解決でお金を稼ぐことに対して批判的な意見も根強い。竹下編集長は最後に、ソーシャルビジネスはきれいごとではないか、といった批判をどう捉えるか、大畑さんに問いかけた。
「ソーシャルビジネスで売り上げが増えたということは、それだけ多くの人の課題を解決し、社会に大きなインパクトを与えたという証拠」。大畑さんはこう反論した上で、「重要なのは、売り上げが増えたときにそのお金をどう使うか。事業拡大や雇用創出に投資し、社会をより良くするのか。それとも自分の利益のために使うのか。それは経営者の志次第。ビジネスを始めた目的と、経営者の器つまりは人間性による」と語った。