甘いチョコの苦い現実 児童労働撤廃に向けた歩みと最新の動きとは?
店頭にチョコが並ぶ季節。その原料であるカカオ豆の生産現場では過酷な状況で働く子どもがいます。15年前から児童労働撤廃に取り組む日本のNGOの活動を報告します。

店頭にチョコが並ぶ季節。その原料であるカカオ豆の生産現場では過酷な状況で働く子どもがいます。15年前から児童労働撤廃に取り組む日本のNGOの活動を報告します。
世界第2位のカカオ生産国、ガーナ共和国で、15年前から児童労働撤廃に取り組む日本のNGOがある。NPO法人ACE(エース)は、早くからサプライチェーンにおける企業の責任や取り組みについて問題提起し、市民社会と政府、企業が共に課題解決に向き合うことの大切さを訴えてきた。代表の岩附由香さんがその経緯や現状、世界の潮流を受けた日本での新しい動きを報告する。
おいしいチョコレートには、苦い現実がある。チョコレートの原料、カカオ豆の世界の生産量の7割を占める西アフリカでは、過酷な状況で働く子どもたちがいる。「持続可能な開発目標(SDGs)」に掲げられている目標8のターゲット(小目標)7には、「2025年までに世界のあらゆる形態の児童労働を終わらせる」ことが掲げられているが、現実は2020年現在、世界で1億6千万人もの子どもたちが児童労働に就いており、達成は困難な状況だ。
ガーナは、児童労働が報告されている国の一つ。隣国コートジボワールに次ぐ世界第2位のカカオ生産国であり、日本はカカオ豆の7~8割をガーナから輸入している。ガーナ政府の2014年の調査では189万人が児童労働に就いているとされ、カカオ産業では77万人の児童労働者が報告されている。アフリカの中でも比較的政治が安定しているガーナでは、児童労働を禁止する法律も、義務教育制度もあるが、世界の児童労働の半数以上を占めるサハラ以南アフリカの他国同様、特に農村地域においての貧困、教育、社会保障制度などの課題がある。
私たちACEは、1997年の設立当初から児童労働に取り組んできた。NGOの役割は直接的に子どもたちを救済することだけではない。児童労働の根本的解決には、その課題を取り巻く社会構造(システム)に注目する必要がある。子どもを働かせてしまう家庭や地域の事情にアプローチするだけでなく、企業のサプライチェーンに児童労働が組み込まれている現実に目を向け、そこから利益を得ている企業の在り方も変わる必要があると認識し、早い段階から働きかけを行ってきた。
2006年からは「日本が児童労働の使用された製品を生産・調達・販売・消費しなくなる」ことを戦略に掲げ、2009年にはチョコレート商品を扱う企業にカカオの調達に関するアンケートを行った。121社中14社からしか回答を得られず、後に送付先の企業の方から「『こんなものを送ってくるなんて、けしからん』と言っていた人もいた」と聞いたことがあるぐらい、企業の受けは悪かった。
そんな中、ガーナのカカオ産業の児童労働の調査を経て、2009年からコミュニティー単位で児童労働の撤廃をめざす「スマイル・ガーナ プロジェクト」をスタート。貧困家庭への支援、カカオの収量を上げるための研修や、他の現金収入を向上させる支援に加え、地域単位でボランティアを育成、地域の中で児童労働者を見つけ、支援につなげる仕組みを作った。
そして、同時期にスタートしたのが「しあわせへのチョコレート」プロジェクトだ。当初から「一般の人が手に取れる場所で、ACEが支援して児童労働がなくなった地域でとれたカカオを使った商品が買えること」を目指した。
目標は掲げたものの、当時のチョコレートメーカーとのツテはゼロ。しかし、意図を立ててそれを発信し続けたことでご縁がつながり、2011年から企業との連携が実現した。最初に連携したのは森永製菓株式会社で、ACEは同社の「1チョコfor1スマイル」の支援対象団体の一つとなっている。今でも毎年特別月間には、対象商品1箱の売り上げにつき1円が寄付として積み立てられ、ガーナでの活動に役立てられている。
その後も企業からの寄付が増え、「スマイル・ガーナプロジェクト」の継続と活動地の拡大を支えてきた。ACEの活動地域で採れたカカオを使った商品も次々実現し、累計70社以上200アイテムを超えるまでに広がった。こうして企業と連携し消費者が参加する形で児童労働をなくすモデルが出来た。
2011年の国連「ビジネスと人権指導原則」によって、企業の「人権を尊重する責任」が国際的に求められ、その責任はサプライチェーンにもさかのぼるという理解が浸透した。その結果、児童労働は企業のビジネスとサプライチェーンに関わる重大な人権課題のひとつと認識されるようになった。
しかし企業のカカオ産業の児童労働への取り組みは、それ以前にさかのぼる。英国、米国のメディアがカカオ産業の過酷な児童労働を取り上げ、消費者の批判を受けて米国の政治家が動きはじめたのが2000年ごろ。ガーナ、コートジボワールの児童労働撤廃をめざして合意された「ハーキン・エンゲル議定書」には、米国内企業、国際的な労働組合やNGOが署名し、関係者の協働がはじまった。
企業の出資で「国際カカオイニシアチブ(International Cocoa Initiative)」が立ち上がり、「世界カカオ財団」といった業界組織を通じ、企業の協働による児童労働撤廃に向けたプロジェクトが実施された。米国政府は貿易法により児童労働に関する報告書を議会に提出することが課せられており、労働省内に児童労働に関する部署を持つ。カカオ産業の児童労働についても定期的に大学に調査を依頼。こうした企業の取り組みの進展、結果を第三者の視点から調査し発表していった。
世界最大のチョコレート消費国は米国だが、欧州連合(EU)も消費量は多く、貿易面でのカカオとのつながりが深い。ガーナからEU内への貿易品目のトップ10には、カカオ関連製品(豆、カカオバター、ココアペースト、ココアパウダー)4品目が含まれている。EU総裁の「児童労働へのゼロ・トレランス」方針や、EU理事会と欧州議会で2023年12月に政治的合意に至った「企業持続可能性デューデリジェンス指令案」の影響もあり、カカオ産業における児童労働を含む人権課題や森林破壊などの環境問題は、欧州諸国の貿易産品のサプライチェーン課題として認識されてきた。2020年からは、カカオの生産量第1位のコートジボワールと第2位のガーナにおいて、持続可能なカカオ生産の実現をめざす関係者の対話「EUカカオトーク(EU Cocoa Talks)」を実施。カカオ産業の共通の課題を中心に、農家の所得を適正に確保するための補償制度(Living Income Differential: LID)、人権・持続可能性に関するデューデリジェンス法規制などの議論が行われた。
NGOも様々なアプローチで企業の責任を問うてきた。カカオ産業の児童労働をめぐっては、カカオ生産地でのプロジェクトを通じて子どもやその家族の生活改善を図るNGOも多数あるが、ここではより構造的な課題に働きかける取り組みをしてきた活動を紹介したい。
NGOの国際的ネットワークである「ボイスネットワーク(Voice Network)」は2008年からカカオのサステイナビリティーに関するレポートを発表している。「カカオバロメーター」と題し、2年ごとに発行されるこのレポートには、カカオ産業の最先端の課題と現状が包括的にまとめられている。2020年から発行されるようになった「チョコレートスコアカード」は、複数のNGOが協働して世界のカカオ関連企業の人権・環境への取り組みを評価する成績表である。2023年の最新版では、日本企業8社を含む世界有数のチョコレート企業を含む53社が、「トレーサビリティーと透明性」「生活維持所得」「児童労働と強制労働」「森林破壊と気候」「アグロフォレストリー」「農薬管理」の六つの項目により評価されている。2021年には8人の青年が原告となり、コートジボワールで子どもの頃からカカオ生産に携わってきたことを根拠に、NGOの支援を受けて米国のチョコレート企業を相手どる訴訟が起こされるなどの出来事もあり、注目された。
急速に広がったESG投資(環境、社会、ガバナンスを考慮した投資活動)や、「ビジネスと人権指導原則」の影響を背景に、日本企業もサプライチェーンの児童労働についてより積極的、また明示的な取り組みが求められるようになった。
そんな中2020年にスタートした日本のマルチセクタープラットフォームが、「開発途上国におけるサステイナブル・カカオ・プラットフォーム」である。普段は競合する企業が、協働してサプライチェーンの共通課題に取り組むこうしたプラットフォームは、先に欧州で広がった。現在カカオ関連のプラットフォームとしてはスイス、ドイツ、オランダなど5カ国に存在する。
国際協力機構(JICA)が事務局となり立ち上げた日本のプラットフォームは、「開発途上国における社会的、経済的、環境的に持続可能なカカオ産業(=サステイナブル・カカオ)の実現への貢献」を目標に掲げ、多様な関係者が共創・協働する「場」として機能している。2024年2月現在、業界団体、食品メーカー、商社、NGO、コンサルティング企業など60団体と127個人が参加。その中に設立された「児童労働撤廃分科会」では、児童労働の解決をめざす企業やNGOが中心となり「児童労働の撤廃に向けたセクター別アクション」を2022年に策定した。「調達比率」「産地特定とリスク調査」「是正措置」など9項目にわたり、商社・加工業者、メーカー、小売業、NGOや認証機関、政府・政府機関それぞれがとるべき具体的アクションを示している。同セクター別アクションに基づいた取り組み状況の最新のリポートは、2024年2月7日に公表された。
企業の責任を問い始めた当初、私たちは見向きもされない存在であったが、あらがえない世界の潮流を受け、NGOに対する企業の関わり方も変化してきた。チョコレート関連商品の売り上げによる寄付を通じた支援に留まらず、児童労働を含むサステイナビリティーに配慮した原料調達の助言や、人権デューデリジェンスを視野に入れたサプライチェーンの児童労働対策の仕組みづくりなど、メーカーから小売りまで様々な企業とのパートナーシップが生まれている。
NGOといえば「現地での直接支援」、あるいは「丁寧な支援だけれどインパクトが小さい」というイメージを持つ人も多いと思う。しかし私たちACEの存在価値は、本質的な課題解決に向けて、社会構造を変えていくことへとシフトしつつある。この構造に関わるあらゆる関係者の力をどれだけ発揮させられるか、という視点を持って取り組んでいる。
バレンタインデーに向けチョコレートが店頭にあふれている今だからこそ知ってほしい、おいしいチョコレートにある課題と、解決に向けた新しい協働の息吹である。