アフガニスタンの言論弾圧 抗議の詩人が日本で交流
詩作が禁止されたアフガニスタン。これに抗議したソマイア・ラミシュさんの呼び掛けで、世界中から詩が集まりました。来日したソマイアさんと詩人たちの交流の様子です。

詩作が禁止されたアフガニスタン。これに抗議したソマイア・ラミシュさんの呼び掛けで、世界中から詩が集まりました。来日したソマイアさんと詩人たちの交流の様子です。
イスラム原理主義勢力タリバンによって、女性や表現者への抑圧が続くアフガニスタン。アフガニスタン人の詩人ソマイア・ラミシュさんが、タリバンによる詩作の禁止に抗議し、世界に詩を寄せてくれるよう呼びかけました。これにこたえ、さらに世界に先駆けこの詩集を発行した日本の詩人たちが、現地との連帯意識を一層深めています。2023年末に来日したソマイアさんと交流する彼らの姿を追いました。
世界のどの地域も夜
夜明け後は、明日の血管の中で枯れ果てた。
どの時間帯にいても、私は泣いています。
あなたはどの時間帯にいるのですか?
あなたには、私たちの声は聞こえませんか?
世界中の自由な人々よ、
自由を体現する像をもつあなたたちよ、
石と
岩が井戸に落ち
最後の音を立てて死んでいく。(後略)
2023年12月、東京都大田区内で開かれた自作の詩を朗読するイベント会場に、ペルシャ語でこの詩を読み上げるアフガニスタン出身の詩人、ソマイア・ラミシュさんの姿があった。凛(りん)とした艶(つや)やかな声で、時に振り仰いだり、手を伸ばしたりしつつ詩を吟ずる姿は悲しみと怒りにあふれ、直前まで白熱したパフォーマンス合戦が繰り広げられていた会場は、一転して静まり返った。
ソマイアさんがこの日、手にしていたのは、詩集『詩の檻(おり)はない』だ。タリバンが首都カブールを制圧して丸2年にあたる2023年8月15日に日本で出版された詩集で、「アフガニスタンにおける検閲と芸術の弾圧に対する詩的抗議」という副題が示す通り、女性の権利や表現の自由が次々に奪われていく祖国を危惧するソマイアさんが、世界の詩人たちに呼びかけて誕生した連帯の象徴だ。
始まりは、2023年1月にアフガニスタンで詩作禁止令が出され、2月にソマイアさんがアップしたSNSの投稿だった。西部ヘラート州で議員として活動しながら詩作を行い、タリバンの復権後はオランダに亡命して創作を続けていたソマイアさんが、「詩作禁止令に抗議する詩を送ってほしい」と呼び掛けると、約2カ月の間に、カナダやベルギー、イラン、インドなど、世界各地に住む詩人たちから100編を超える詩が寄せられた。日本では詩人の柴田望さんが中心となって呼びかけ、36編の詩が集まった。自身も「暁」という詩を詠んだ柴田さんは、賛同者の協力を得て海外作品のうち21本を翻訳して日本語版を出版。巻頭には、ソマイアさんが書き下ろした冒頭の詩「世界のどの地域も夜」を置いた。昨年11月にフランスでも出版された詩集には、日本作品もフランス語に翻訳されて収められている。
世界に先駆けて詩集を出版した日本の詩人たちは、ソマイアさんとの連帯を一層強めている。
今回、中心となってソマイアさんの日本への招聘(しょうへい)に動いたのは、詩人の三木悠莉さんだ。三木さんは、詩作の傍ら、非営利の任意団体「KOTOBA Slam Japan」(以下、KSJ)の代表として、詩を声に出して読み上げる言語表現パフォーマンスの一つ、「ポエトリーリーディング」をステージ上で競い合うスラム(大会)文化の普及に尽力している。
KSJは年に一度、地区別の予選大会と、地区予選の1位だけが出場できる全国大会を主催している。どちらの大会も音楽や小道具、衣装の使用は禁止されており、出場者は3分以内に言葉だけでパフォーマンスする。勝敗は、会場とオンラインの視聴者による投票と採点で決まり、優勝者は翌年、海外で開かれるポエトリースラムの世界大会への出場権を獲得できる。2023年は、北海道から沖縄まで対面やオンラインで16の予選大会が開かれた。ソマイアさんによる冒頭のパフォーマンスは、16人のファイナリストたちが日本代表の座をかけて競い合った全国大会での1コマだった。
柴田さんのSNSでアフガニスタンの現状について初めて知り、衝撃を受けた三木さん。すぐに詩「夜はもう明けているのに」を書き、KSJの運営スタッフや過去の出場者にも呼びかけたうえ、「詩的抗議」の機運を高めるためにソマイアさんを日本に招いてKSJ全国大会でパフォーマンスしてもらい、日本の詩人と交流してもらおうと考えた。クラウドファンディングで渡航費用やビザ代を募りながらソマイアさんの思いを発信し続けた三木さんを突き動かしていたのは、「表現を奪うという行為は、人間の創造性や発展性を阻害し、心を檻で囲ってしまう。決してあってはならない」という思いだった。
日本語で詩を書き、日本語で朗読する日本の詩人にとって、海外との接点は多くはない。そんな中、各国のポエトリースラム団体とネットワークを有するKSJは、世界大会への出場や、日本と海外の詩人をオンラインでつないで詩を朗読し合う「TOKYO KOTOBA ONLINE OPENMIC」の開催など、海外との交流の機会を積極的に提供してきた。ロシアによるウクライナ侵攻が勃発した際は、チャリティーイベント「Poetry With U」を開催。ウクライナと日本の詩人がオンライン上で朗読パフォーマンスを行い、集まった支援金をウクライナの詩人たちへ送った。今回も、KSJとして海外の団体に呼び掛けることを含め、ソマイアさんの思いを多くの国や地域へ伝える方法を引き続き検討中だ。
日本滞在中、ソマイアさんは横浜市中区の寿町で日本の詩人たちとの対話イベントにも登壇した。かつて日雇い労働者の街として市民運動が形成された寿町で、抑圧と強権政治に抵抗する詩の力を考えながら、自由を取り戻すために団結して闘う意味を考えようと企画された。寿町では、2023年10月にも『詩の檻はない』の朗読会が開かれている。
冒頭、ソマイアさんは詩を寄せてくれた世界の詩人たちに向け、「詩が届くたびにうれしくて涙があふれました。どれも個性豊かで素晴らしい作品です」と謝意を述べた。また、「日本語とフランス語の二つの言語で詩集が出版されたことで、詩作禁止令への抗議が広がり、力強い連帯が生まれています」「抑圧に対する怒りに共感し、行動してくれた皆さんのおかげで、自分が孤独ではないと実感し、希望を持ち続けることができました」と振り返った。
また、アメリカで人種差別の撤廃を求める非暴力闘争に生涯をささげたマーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏(キング牧師)がかつて語った「我々は敵の言葉ではなく、友の沈黙をこそ覚えているものです」という言葉を引用しながら、「抑圧を前に沈黙するということは、抑圧者への加担を意味します。システムとしての犯罪であり、許されるべきではありません」と述べたソマイアさん、「芸術には差別や抑圧、専制政治に反旗を翻してきた歴史があり、自由と真実に奉仕する責務があります。だからこそ私は世界の詩人たちに声を上げるよう呼び掛けたのです」と続けた。
一方、アフガニスタンの女性たちの現状については、「働いたり教育を受けたりすることはもちろん、1人で外出することも、着る服を自分で選ぶこともできません」と述べ、「人としてのアイデンティティーを奪われ、いわば性奴隷の状況に置かれています」と、怒りをあらわにした。さらに、「ジェンダーのアパルトヘイトとも言えるこの状況に対して国際社会が沈黙し続けるなら、世界は今後、犯罪と差別、排除が常態化するでしょう」と訴えた。
名前を出して詩作を続けることに危険を感じないかと問われると、「私たちにはもはや失うものはありません。今のままでは未来に何の希望もありません。私たちは、たとえタリバンに殺されることになっても声を上げ続けます」と、言い切った。
「人々の願いを伝える声」である詩の力を確信し、「世界は芸術によってよりよい形へと塗り替えることができる」と繰り返したソマイアさんのまっすぐな言葉を、日本の詩人たちは正面から受け止めている。
「生の声と言葉が人に与える力を目の当たりにして、感銘を受けました」と振り返るのは、ソマイアさんの招聘に動いた三木さんだ。自ら積極的に発信する一方、詩を書いて検閲を受けたり、詩を書く行為が禁じられたりする恐れがない今日の日本で弾圧を実感することの難しさを感じていた三木さんは、KSJ全国大会の会場でソマイアさんが自らの言葉でアフガニスタンの現状を語り、「それでも抵抗をやめません」と言った瞬間、会場の雰囲気が一変したのを感じたという。「あの場にいた一人ひとりが、あの瞬間に初めてアフガニスタンにいる自分を想像し、現地の人々の思いに寄り添い、自分ならどうするだろうとリアルに考えたのだと思います」
寿町の対話イベントに臨んだ日本の詩人たちも、ソマイアさんの言葉を重く受け止めている。元・日本現代詩人会理事長の佐川亜紀さんは、「言葉には力があること、だからこそタリバンが表現者を恐れ、弾圧しているのだということをソマイアさんが改めて気付かせてくれました」と発言。歌人でもある大田美和さんも、「すべての詩人には果たすべき使命があるというメッセージに全面的に賛同します」と語った。文芸評論家の岡和田晃さんは、「『詩の檻はない』の出版を通じて詩作禁止令が広く知られるようになったように、詩にはゼロを一にする力があります」と、力を込めた。会場の詩人たちからも、「かつて日本にも抑圧の時代があったことを改めて思い出し、今後、こうした状況が再び訪れた際、自分がどう行動すべきか、改めて考えました」「ソマイアさんが自身の実存をかけ、自由という、絶対的で普遍的な問題を提起してくれたことに感謝します」という声が上がった。
ソマイアさんによれば、アフガニスタンでは1千年以上にわたってペルシャ詩の文化が育まれ、暮らしの中に詩が息づいているという。親が読み聞かせてくれる詩とともに眠りにつき、5歳になるとモスクで詩の暗唱を始める子どもたち。寒く長い冬の夜に祖父母が朗読する詩を聞きながらだんらんする一家。結婚式で手拍子しながら祝いの歌を歌う女性たちーー。詩とともに生きる人々の姿を思い浮かべるにつけ、「民衆の言葉であり、夢と抵抗を描くもの」である詩を奪うという行為の痛みが改めて胸に迫ってくる。
信念と覚悟の色をたたえたまなざしで「一緒に立ち上がってください」と呼びかけるソマイアさん。彼女の故郷ヘラート州は2023年10月に大地震に見舞われ、人々はさらなる苦境に置かれている。しかし、彼女との出会いを通じて言葉の力を再認識した日本の詩人たちは、さらなる連帯に向けて動き始めている。三木さんは、クラウドファンディングに寄せて、「言葉にいま、できることを考え、言葉で創造を続ける人々を支え、共に成長したい」と、思いをつづった。闇がどれほど濃くなろうとも、「闇を照らし、美を創造し、新たな意識を生み出すことができる詩の力」を信じて人々が声を上げることを諦めない限り、詩は「ランプを灯(とも)す光のように」輝いて、その力を発揮するはずだ。